この記事では、朝ドラ「風、薫る」第11週のあらすじをご紹介します。
| 放送日 | 2026年6月8日〜6月12日 |
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| 週タイトル |
第11週のおおまかな流れはこうです。
- 新聞記事をめぐって、りんと島田がぶつかる
- 夕凪との出会いが直美の思いを変える
- 養成所が閉所される知らせが届く
それでは、詳しいあらすじを見ていきましょう!
廃娼の厳しい現実
廃娼運動の記事を掲載した新聞社を訪ねたりん。
しかし、自らの意思で遊郭を出られた女郎はほとんどいないという厳しい現実を突きつけられます。
一方、病院では直美の懸命な看護に、夕凪がほんの少し心を開き始めていました。
夕凪は直美に、「魚住セツ」という本名を打ち明けます。
直美も母親が女郎だったこと、みなしごだったことをぽつりと話しました。
そんな中、新聞に「開化哀話悲恋の心中」という記事が掲載されます。
名前と経緯は変えられていましたが、夕凪と柏原のことだとすぐにわかる内容でした。
権田がこれを読めば、退院後の夕凪がひどい目に遭う・・・。
りんは責任を感じていました。
島田とのぶつかり合い
夕方、りんが卯三郎を訪ねると、島田が来店していました。
島田はその記事を書いたのは自分だと告白します。
「新聞には、文字には力がある。世間に夕凪さんのことを知らせたら、きっと…」
りんは静かに、はっきりと言い返しました。
「きっとどうなるんですか?夕凪さんはもっとひどいことになるかもしれない!」
島田は立ち尽くしました。
しかし、りんの懸念に反して、記事には読者からの同情が集まります。
その後、島田は編集長に依頼されて続報を書きました。
政府の「娼妓解放令」が名ばかりであるために、女郎たちはかえって苦しい立場に追いやられているという内容でした。
ある日、島田が突然病院を訪ねてきました。
夕凪に直接謝罪したいというのです。
「会いもしないで書いて……僕のやったことは誠実ではありませんでした。」
夕凪は淡々と答えます。
「おたくが謝ってくれても私は何も変わらないし、どっちにしろひどい世界は続いてく」
夕凪との別れ
回復した夕凪は、直美に退院して遊郭に戻るつもりだと打ち明けました。
「一生分、大事にしてもらったよ」
感謝する夕凪に、直美は言いました。
「これが看護なんです。私の仕事なんです。」
「金持ちも貧乏も、男も女も病気やけがをしたら、当たり前に受けられる看護じゃなきゃおかしい。」
夕凪はかつて妊娠したことがあるが、怖くて産めなかった過去を話します。
そして直美にそっと声をかけました。
「よっぽど、あんたに会いたかったんだね、おっかさん」
その後、遊郭の権田は夕凪を解放することを決めます。
島田の記事への抗議が遊郭に殺到したことがきっかけでした。
退院の日。
夕凪は直美に、自分の生まれが富士の見える伊豆の漁師町だと話します。
そして夕凪という名前は、昔店にいた夕凪という女郎と同じ郷里だったからだと語りました。
母親への思い
夕凪を見送った直美は、りんにぽつりと話しかけました。
「分かっちゃったかもしれない。私が助けたいのは…味方したくなるのは…負けているほう、ダメなほう、弱いほうなんだ」
ふたりは一緒に看護婦になろうと、あらためて決意を固めました。
そして直美は、今は母親に会わなくてもいいとりんに語ります。
「私を産んだってだけで、じゅうぶんって、思えたから」
どこかで元気で生きていてくれればいいと、直美はつぶやきました。
養成所閉所の知らせ
休みの日。
りんと直美が一緒に家に帰ると、島田が槇村を連れてやってきました。
りんは記事の件で島田を責めたことをわびます。
夕凪が自由になれたのは島田のおかげだと礼を伝えると、島田は成長していくりんと行き詰まっている自分を静かに比べていました。
そんな中、槇村が突然、安に求婚。
「今答えを出さないでください!」
と言い残して帰っていきます。
病院では、バーンズが院長の多田から衝撃の知らせを受けていました。
「帝都医大病院に看護科を置くことになった。今後は梅岡看護婦養成所から見習生を受け入れない。」
バーンズと梶原から養成所の閉所を告げられた見習生たち。
もちろん、納得できませんでした。
〜第12週へ続く〜
コラム|名ばかりの「娼妓解放令」とは?

ドラマの中で、島田が書いた記事に登場する「娼妓解放令」。
これは1872年(明治5年)に明治政府が出した布告で、遊女たちを年季奉公から解放し、前借金を無効にするというものでした。
しかし、なぜりんは、「自分から申し出て廃業できた女郎はほとんどいない」という現実を突きつけられたのでしょうか。
実はこの布告が出された目的は、女性の人権を守るため、とは完全に言い切れない部分があったのです。
当時、横浜港で起きた外国船をめぐる裁判(マリア・ルス号事件)の中で、外国側から「日本にも遊女という名の奴隷がいるではないか」と指摘され、政府が急いで対応したのがきっかけでした。
つまり、国際的な体裁を整えるための、いわば外交上・治安上の措置だったのです。
そのため、解放後の女性たちへの支援策は不十分でした。
行き場を失った多くの女性が路頭に迷い、より劣悪な環境で労働させられるケースもあったと言います。
結局、その翌年には「本人が自由意思で望むのであれば」という条件のもと、遊郭は「貸座敷」という形で再編・復活します。
遊郭側はこれを巧みに利用しました。
女郎たちは「自分の意思で続けている」という建前を作られ、かえって身動きが取れなくなっていったのです。
つまり、解放を謳いながら、前借金や営業の仕組みは形を変えて残り、遊郭の実態は大きくは変わらなかった。
それどころか、逃げ道をふさぐ口実にさえなってしまった・・・。
ドラマの中で島田の記事が触れた「娼妓解放令のために女郎たちは苦しい立場に追いやられている」という指摘は、まさにこの現実を突いていました。
夕凪が「どっちにしろひどい世界は続いてく」とつぶやいた言葉の重さは、こうした歴史的背景の中にあったのでしょう。
ドラマの原作本はこちら!


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