朝ドラ「風、薫る」に登場する外国人教師・バーンズ。
来日したバーンズ先生は、りんたちに「ナイチンゲール方式の看護法」を厳しく指導します。
そんなバーンズ先生には実在モデルがいるのでしょうか?
また、演じるキャストの女性が誰なのかも気になりますよね。
そこで今回は、
- 【風薫る】外国人教師・バーンズ先生の実在モデルは誰?
- 【風薫る】外国人教師・バーンズ先生役キャストは誰?
について詳しくご紹介していきます!
【風薫る】外国人教師・バーンズ先生の実在モデルは誰?
朝ドラ「風、薫る」に登場するバーンズ先生のモデルは、
アグネス・ヴェッチさん(1842年〜1942年)
という実在した女性である可能性が非常に高いです。
なぜなら、
- バーンズと同じくスコットランドの出身
- 看護教育のために来日した
- 大関和(りんのモデル)らがいる養成所の第一期生の教師を務めた
という共通点があるからです。
詳しく見て行きましょう!
経歴とプロフィール
| 名前 | アグネス・ヴェッチ |
|---|---|
| 英語名 | Agnes Vetch |
| 職業 | 看護婦・宣教師 |
| 出身地 | スコットランド(イギリス)エディンバラ |
| 出身校 | 旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校 |
| 生没年 | 1842年〜1942年 |
アグネス・ヴェッチさんは、イギリス(スコットランド)のエディンバラ生まれ。
旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校の一期生として、ナイチンゲール方式の看護法を学んだ人物です。
卒業後は看護婦として数年間務めたのち、兄がいる中国に移り、宣教活動を行っていました。
その後、桜井女学校の宣教師マリア・トゥルーの招きにより来日。
1887年〜1888年の約1年間、以下の両校で、トレインドナースを育てる教師に着任します。
- 帝国大学医科大学附属第一医院
(現:東京大学医学部附属病院) - 桜井女学校附属看護婦養成所
アグネスの教育のもと、両校で計28人が看護婦として養成され、うち1人が看護教師となっています。
※りんのモデル(大関和)、直美のモデル(鈴木雅)らも含む。
わずか1年という短い期間ではありましたが、日本の看護教育の歴史に名前を残す人物の1人と言えます。
実際には厳しくはなかった?
朝ドラ「風、薫る」では、厳しくて熱心な教師として描かれるバーンズ先生。
髪型のことやシーツのことなど事細かに注意し、生徒たちの反感や疑念を買ってしまいます。
しかし実際には、そこまで厳しい指導をしていたという情報は確認できていません。
「怖い」「厳しい」という設定は、ドラマ的に盛り上げるための演出も含まれているように感じます。
約1年という短い期間ですので、恩師としての印象を残すためにも、そのようなキャラクターとして描かれているのかもしれません。
宿舎での共同生活
実際には、どのようなエピソードが残っているのでしょうか?
実は、アグネス・ヴェッチ先生は、実習場所である第一医院に近い宿舎で、大関和(りんのモデル)らと共同生活を行っていました。
つまり、養成所の生徒らは、ほぼ24時間、アグネス先生と共に過ごしていたのです。
これは、「教師と生徒が一緒に生活することで、人格や協調性を育む」というナイチンゲールの方針に基づいたものでした。
アグネスは日本語がわからないため、英語が堪能な鈴木雅(直美のモデル)が通訳を行っていました。
「風、薫る」で、直美が通訳を担当したのは、実際のエピソードに基づいた流れだったのですね。
通訳をしていた鈴木雅は、アグネス先生からも「優秀な生徒」として一目置かれる存在となっていきます。
年の離れた姉のような存在
来日した際、アグネス先生は40代中ばでした。
そのため、当時30歳前後だった大関和や鈴木雅にとっては、年の離れたお姉さん的な存在。
若い学生たちにとっては、母親のような存在となっていたようです。
時には厳しい一面もあったかもしれませんが、生徒たちから慕われていたことが伝わってきます。
卒業証書に添えた想い
赴任して約1年後、桜井女学校附属看護婦養成所の6名が修了試験に合格。
晴れて、アグネス先生が育てたトレインドナースが誕生しました。
鈴木雅の卒業証書には、アグネス先生からの手書きのメッセージが添えられていたと言います。
「彼女は看護学教師として相応しい人物である」
雅のことを、自分の”後継者”として期待していたのです。
そんな鈴木雅は、のちに日本で最初の民間経営の「派出看護婦会」を創設することになります。
100歳まで大往生
赴任期間を終えたアグネス先生は、その後どうなったのでしょうか?
記録によれば、その後も世界各地で活動を行っていたようです。
そして高齢になってから故郷のスコットランドに戻り、1942年に100歳で亡くなっています。
その2年前の1940年には鈴木雅が、1932年には大関和がすでに亡くなっています。
年の離れたお姉さん的な存在だった先生は、生徒よりも長く生き、天命を全うしたのでした。
アグネスヴェッチさんの年表
改めて、バーンズ先生のモデル「アグネス・ヴェッチ」さんの年表を振り返りましょう。
| 西暦 | 年齢 (目安) | 出来事 |
| 1842年 | 0歳 | スコットランドのエディンバラに生まれる。 |
| 1874年 | 32歳 | 旧エディンバラ王立救貧院病院看護学校に一期生として入学し、看護を学ぶ。 |
| 1875年 | 33歳 | エディンバラ王立救貧院病院やセント・メアリー病院などで勤務。 |
| 1881年 | 39歳 | 兄が宣教医をしていた清(中国)へ向かう。 |
| 1887年 | 45歳 | 10月、東京帝国大学医科大学第一病院の看護教師に着任。 (桜井女学校と兼任、大関和らと共同生活) |
| 1888年 | 46歳 | 11月に任期満了となり離日。 1年間で大関和らを含む28人の看護婦を養成。 |
| 1942年 | 100歳 | 故郷のエディンバラにて死去。 |
【風薫る】外国人教師・バーンズ先生役キャストは誰?
バーンズ先生役を務めるのは、
エマ・ハワードさん
です!
エマさんは、ロンドン出身。
俳優業だけでなく、声優、ナレーター、司会MCなど、なんでもマルチにこなす外国人タレントです。
テレビ、映画、舞台などのほか、NHK関連番組や英語教育番組(えいごであそぼ、仕事の基礎英語)でも活躍されています。
詳しく見て行きましょう!
プロフィール
| 項目 | 内容 |
| 名前 | エマ・ハワード(Emma Howard) |
| 出身地 | イギリス(ロンドン) |
| 身長 | 169 cm |
| 言語 | 英語、日本語 |
| 所属 | フリー・ウエイブ |
| 職業 | 俳優、ナレーター、声優、モデル |
| 最終学歴 | マウントビュー演劇学校(ロンドン) |
| 趣味・特技 | 歌、ダンス、演技 |
| 主な特徴 | ロンドン・ウエストエンドでの舞台経験を持つ実力派 |
年齢は非公開のエマさんですが、おそらく40代後半〜50代前半くらいだと思われます。
※バーンズのモデル・アグネス先生の年齢は、来日時は45歳前後。
ロンドンの名門「マウントビュー演劇学校」で演劇を学んだエマさん。
卒業後は数年間、劇団に所属してウエスト・エンドでミュージカルなどに出演。
その後は日本に移住し、ドラマや映画、ナレーションなどで活躍しています。
日本では20年以上も生活しているため、日本語も流暢に話すことができます。
テレビ・映画などの出演作
- NHK「えいごであそぼ」
- NHK「仕事の基礎英語」
- NHK WORLD「Tokyo Eye」
- NHK「龍馬伝」
- NHK「負けて勝つ-吉田茂」(ジャーナリスト役)
- CX「不毛地帯」
- 映画「ジャッジ!」(サラ役)
- 映画「ハゲタカ」(アンナ役)
その他、声優やCMなどでも活躍されています。
今回のバーンズ先生役では、どのような存在感を放ってくれるのか、楽しみですね!
まとめ
今回は、朝ドラ「風、薫る」に登場する外国人教師、バーンズ先生のモデルやキャストについてご紹介しました。
ドラマでは厳格な指導が印象的なバーンズ先生。
そのモデルには、日本の看護教育の礎を築いた実在の女性がいました。
今回の記事のポイント
- バーンズ先生の実在モデルは「アグネス・ヴェッチ」さん
- スコットランド出身で、ナイチンゲール方式を学んだ看護婦。
- 1887年に来日し、わずか1年という短期間で日本の看護教育に貢献をした。
- 実際には生徒たち(大関和や鈴木雅ら)と共同生活を送り、母親や姉のように慕われる存在だった。
- 100歳という長寿を全うし、故郷のエディンバラで生涯を閉じた。
- キャストは、ロンドン出身の「エマ・ハワード」さん
- 俳優、声優、ナレーターなど幅広く活動する実力派外国人タレント。
- ロンドンの演劇学校出身で、ウエスト・エンドの舞台に立っていた経歴を持つ。
- NHKの英語教育番組やドラマ『龍馬伝』など、多くの国内作品に出演経験がある。
バーンズ先生の厳格な指導は、すべては「立派な看護婦を育てるため」という深い愛情の裏返しだということが伝わってきますね。
これからの物語で、りんたちがバーンズ先生から何を学び、どのように成長していくのか・・・
引き続き注目していきましょう!


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