山口県出身の作家・宇野千代さんをモデルにした朝ドラ「ブラッサム」。
その第4週「岩国と、共に」では、蒸気機関車(SL)が走り抜ける映像が映し出されました。
「これってどこで撮影したの?本物?」と気になった人も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、
- 【ブラッサム】SL蒸気機関車のロケ地・撮影場所(駅)はどこ?
- 【ブラッサム】SL蒸気機関車のロケ(撮影)の時期はいつ?
- 【史実①】大正時代の機関車やデザインは異なっていた?
- 【史実②】宇野千代は上京前に航路で京都入り?
について詳しく解説します!
【ブラッサム】SL蒸気機関車のロケ地・撮影場所(駅)はどこ?
結論からお伝えすると、ブラッサム第4週のSLの映像は、
JR山口線を走る「SLやまぐち号」の車両を使い、山口線沿線で撮影された
と考えられます!
なぜなら、地元のマスコミ(宇部日報)にて撮影が行われた事実が報じられていたほか、予告映像には、SLやまぐち号の写真スポットとして有名な「赤い鉄橋」も映し出されていたためです。
つまり、本当にブラッサムの舞台の山口県内で撮影されていたということですね!
赤い鉄橋は「長門峡」か
ブラッサム第4週の予告映像に映るSLの映像。
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SLが走っている「赤い鉄橋」は、山口市阿東篠目にある「長門峡駅」すぐそばの鉄橋とみられます。
阿武川を渡るこの鉄橋は、「大山路踏切」や「徳佐のS字カーブ」と並ぶ、山口線の定番撮影スポットとして撮り鉄の間で知られています。
赤い桁と石積みの橋脚、背後に迫る緑の山と岩肌という風景は、渓谷の名勝・長門峡ならではのもの。
この景色は中原中也の詩にも謳われており、四季折々の自然を楽しむことができるスポットです。
撮影が行われた駅
鉄道ファンの間で共有された情報によると、ブラッサムの撮影用の列車は次の駅に停車し、ホームでの撮影も行われたようです。
| 時間帯 | 停車駅 | 内容 |
|---|---|---|
| 昼間(往路) | 新山口駅 | 始発駅 |
| 昼間(往路) | 地福駅 | 時間をとってホームで撮影 |
| 昼間(往路) | 徳佐駅 | 時間をとってホームで撮影 |
| 昼間(往路) | 津和野駅 | 終点 |
| 夜間(復路) | 篠目駅 | 21時半過ぎに入線し約40分停車、22時20分頃に新山口方面へ出発 |
夜間に撮影された「篠目駅」は、ブラッサムと同じく大正時代に開業した歴史ある駅です。
夜の撮影なら照明で周囲を絞り込めるため、現代の建物が映り込みにくく、大正の駅の場面を撮るのに向いていたのかもしれませんね。
夜間撮影の様子
機関車は「デゴイチ」か
映像の機関車は、「SLやまぐち号」を牽引する「D51形200号機(デゴイチ)」である可能性が高そうです。
「SLやまぐち号」は、新山口駅〜津和野駅の62.9kmを約2時間で結ぶ観光列車で、1979年から走り続けています。
走る機関車は、以下の2両体制となっています。
- 「貴婦人」C57形1号機
- 「デゴイチ」D51形200号機
2026年は夏まで「D51(デゴイチ)」が担当し、10月からは「C57(貴婦人)」が修繕作業を終えて6年ぶりに復活しています。
| C57形1号機 | D51形200号機 | |
|---|---|---|
| 愛称 | 貴婦人 | デゴイチ |
| 形式の登場 | 1937年(昭和12年) | 1936年(昭和11年) |
| 主な用途 | 旅客列車用 | 貨物列車用 |
| 動輪の数 | 3軸(形式名の「C」) | 4軸(形式名の「D」) |
| 見た目 | 細身でバランスの取れた優美な姿 | 大柄で重厚、力強い姿 |
| SLやまぐち号での活躍 | 1979年の運行開始から牽引 | 2017年から牽引 |
| 近況 | 2020年に離脱、2026年10月に復活 | 故障から2024年5月に運転再開 |
撮影の時期を考えると、10月に復活した貴婦人(C57)である可能性は低く、鉄道ファンの情報からも「D51で撮影が行われた」とされています。
これからの時期は紅葉も見られるので、久しぶりに復活したC57でレトロな旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。
【ブラッサム】SL蒸気機関車のロケ(撮影)の時期はいつ?
地元紙によれば、ブラッサムのロケは、
2026年7月14日と15日の2日間、SLやまぐち号の「特別運転」
として行われたようです。
つまり、貴婦人(C57)の復帰前であり、放送日の約3ヶ月前だったことになりますね。
鉄道ファンの情報によれば、ドラマ撮影の車両は、普段の「SLやまぐち号」とは違う珍しい見た目だったようです。
- ヘッドマークとテールマークを外して運転:
大正時代の普通列車にヘッドマークはないため、時代考証に合わせたと考えられる。 - 1号車と5号車を入れ替え:
両端の「展望デッキ付き客車」の並びを変え、機関車のすぐ後ろの見え方を撮影向けに調整した可能性。
さらに、通常の「SLやまぐち号」は夜間の走行はありませんが、夜のシーンのために「夜ダイヤ」でも特別運行していました。
ブラッサムでは、第6週でも、東京から札幌へ向かう列車に乗る展開があります。
暗い車窓や客車の車内は場面を問わず使いやすいため、7月のロケでその分の撮影もまとめて行っていたのかもしれません。
実際の放送で確認してみましょう!
【史実①】大正時代の機関車やデザインは異なっていた?
朝ドラ「ブラッサム」で、珠が京都へ向かう時代設定は、大正5年(1916年)頃です。
実は、撮影で使われた「デゴイチ」は昭和に入ってから登場した車両であり、
当時の岩国を走る機関車は、映像のSLよりも小型なもの
だったようです。
大正の機関車は小さかった
大正5年頃は、国産の「8620形(旅客用)」や「9600形(貨物用)」が登場したばかりの時期です。
岩国を通る山陽本線では、
- 明治期に輸入された旅客用機関車
- 1912年に輸入された急行用の8700形・8850形など
がまだ主力だったと考えられます。
煙突が細く高く、運転台も簡素な、明治の面影を残した姿でした。
保存車巡り その10 釧路製作所本社工場 8722 国鉄8700形蒸気機関車では唯一現存する個体 これも絶対見ておきたかった車両なので満足! 輸入機がベースのとても古い機関車で、鉄道院時代に製造されたいわゆる古典機関車の部類になります https://t.co/nn4D1hjkoV
— にとする (@0518nitori) May 28, 2026
一方、映像のD51形は昭和11年(1936年)に登場した形式で、大正4年から約20年も後の車両です。
重さも当時の機関車の倍以上あり、ずっしりと大きく見えるのが違いです。
#SL #蒸気機関車 #D51 #D51200 #SLやまぐち号 #山口線 今日のSLやまぐち号、D51が山口駅で不調をきたして遅延したとかなんとか。とりあえず無事に津和野に到着できたのは良いけどD51大丈夫かな………… ウルトラ心配だぜ……….. https://t.co/yDIPseRGyB
— ネクサス@ウルトラファン兼スフィクラ兼機関車ファン (@SpeciumAsuSino) June 6, 2026
大正生まれの機関車を走らせて撮影するのは現実的に難しいため、山口県内で今も走る「SLやまぐち号」が使われたのでしょう。
赤いラインは「3等車」の印
ブラッサムの映像をよく見ると、黒い機関車の後ろにつながる客車の窓下に「赤いライン」が入っています。

これは当時の客車にあった「等級帯」を再現したものと考えられます。
大正時代の国鉄(鉄道院)の客車は、
- 1等が白
- 2等が青
- 3等が赤
の帯で等級を示していました。
つまり、庶民が乗る3等車には「赤い帯」が入っていたのですね。
赤いラインはCGで追加?
一方で、現在の「SLやまぐち号」の客車(35系)には赤いラインは入っていません。
茶色(ぶどう色)の車体で、グリーン車に淡い緑の帯がある程度です。
個人的に確認したところ、ロケの映像にも赤い帯は見られないことから、放送用の映像に後からCGで加えた可能性が高そうです。
機関車の大きさは変えられなくても、大正らしさを出すために手を加えたのでしょう。
細かな時代考証へのこだわりが感じられますね!
【史実②】宇野千代は上京前に「航路」で京都へ?
ドラマでは、主人公の珠が「汽車」で岩国を旅立つ設定ですが、
実際の宇野千代は「汽車」ではなく「船」で故郷を出ていた
という史実にも注目です。
人目につかないように港から
宇野千代の自伝『生きて行く私』によると、千代は従兄が下宿していた京都へ向かう際、岩国から汽車には乗りませんでした。
真冬の暗い夜明けに「新港」から船に乗り、瀬戸内海を通って大阪へ渡り、そこで汽車に乗り換えて京都へ向かったようです。
理由は、駅から汽車で出るより、港から船で出るほうが「人目につかない」から。
自伝の中で千代自身も、なぜそこまで隠れる必要があったのかと振り返っています。
世間体を強く気にしなければならなかった、当時の息苦しさが伝わってくるエピソードです。
ドラマでは京都を省略し「東京へ」
実は、ドラマでは、「京都行き」のくだりが省略され、「東京」へ直接向かう設定に変更されています。
| 史実 | 山口→京都→東京 |
|---|---|
| ドラマ | 山口→東京 |
史実では、京都の三高を卒業する前に、京都で従兄(藤村忠)と下宿をスタートさせていますが、ドラマでは木村保が三高を卒業し、帝大に進むタイミングで合流(同棲)することになるためです。
当時、岩国から東京までは約930km。
大正初期の特急は「東京〜下関間」を約25時間で結んでいたので、時刻表から概算すると、
- 急行・特急でも20時間以上
- 各駅停車なら丸一日以上
かかる大旅行でした。
朝に岩国を出ても、東京に着くのは翌日ということですね。
ちなみに東京駅は、大正3年(1914年)12月に開業したばかり。
大正4年頃に上京する珠は、できたての赤レンガ駅舎に降り立つことになります。
当時の東京がどのように描かれるのかも注目です!
まとめ
今回は、朝ドラ「ブラッサム」第4週のSL(蒸気機関車)のシーンについて詳しく解説しました。
- SLのロケ地:
「SLやまぐち号」を用いた山口線での撮影。
赤い鉄橋はJR山口線・長門峡駅そばの鉄橋が有力で、駅は新山口・地福・徳佐・津和野・篠目で撮影。 - SLの撮影時期:
2026年7月14日・15日の特別運転。
ヘッドマークを外し、復路は夜間に運転。 - 史実①:
大正4年頃の機関車は映像より小型。
客車の赤いラインは3等車の等級帯で、CGで再現した可能性が高い。 - 史実②:
実際の宇野千代は、人目を避けて船で大阪へ渡り、汽車で京都へ向かった。
ドラマでは京都は省略され、東京に向かう展開に。
史実とは異なる部分もありますが、本物のSLが走る映像には、ドラマならではの迫力と時代の空気が詰まっていますね。
山口線に馴染みがある方であれば、放送を見ながら「これはあの駅かな?」と探してみるのも楽しいでしょう!
ブラッサムの今後のあらすじはこちらで紹介しています。
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