この記事では、朝ドラ「ブラッサム」第5週のあらすじをご紹介します。
| 放送日 | 2026年10月26日〜10月30日 |
|---|---|
| 週タイトル | (未定) |
第5週のおおまかな流れはこうです。
- 珠と保が兄妹でないことをマキたちに打ち明ける
- 珠はレストラン「悠樂軒」で働きながら、再び小説を書き始める
- 保との関係が深まる中、珠は妊娠に気づく
それでは、詳しいあらすじを見ていきましょう!
文士たちとの出会い
東京で保と暮らし始めて一か月。
珠が通う書店「ぶくぶく堂」で、人気作家・秋山格之介とすれ違います。
さらに、珠が愛読する『イワンの馬鹿』の翻訳者・小山牛丸が店に現れました。
「戦争のどさくさで大もうけした商人がウジャウジャおる」
熱弁をふるうと、牛丸は風のように去っていきました。
兄妹を疑うマキ
毎朝、保を見送る珠の様子を見て、マキの疑念は募っていきます。
「毎朝兄さんを見送るあんたを見ると、どうしても兄妹には思えないんだ。ありゃあ好きな男を見送る目だよ」
もう隠し通せないと、保と珠は本当のことを打ち明けます。
岩国にいられなくなった珠が、親の計らいでいとこの保と暮らすことになった経緯を話すと、辰五郎とマキは二人を温かく受け入れてくれました。
その夜、
「小説に書きたいことはないんか」
と保に尋ねられた珠は、しばらく考えてこう答えます。
「・・・岩国。いろんなこと、忘れんように」
岩国で経験した出来事を、忘れないうちに書き留めておきたい。
そう気づいた珠は、再び小説を書き始めました。
「悠樂軒」で働く珠
1917年(大正6年)。
保の父が入院し、仕送りが途絶えてしまいます。
珠は保を学業に専念させようと、自ら働くことを決意しました。
辰五郎の紹介で、珠は西洋レストラン「悠樂軒」のウェイトレスに採用されます。
制服のエプロン姿で現れた珠を見て、店長の熊田は満足げに言いました。
「悪くない・・・いや、実にいい!」
予習メモ:「悠樂軒」のモデルは実在の名店
ドラマの「悠樂軒」のモデルは、大正時代に本郷にあった西洋料理店「燕楽軒(えんらくけん)」とみられます。
中央公論社の近くにあったことから、芥川龍之介や菊池寛など、名だたる文豪が集う伝説的な店でした。
ただ、実際に宇野千代さんが働いたのは、わずか18日間だったとされています。
短い期間ながら、当時の千代はかなりの美人として評判だったようで、店に通う文士や出版関係者の間でも話題になっていたそうです。
その後、「燕楽軒」の建物は戦災で焼失し、現在その跡地にはスーパーの「ライフ」が建っています。
燕楽軒があった本郷三丁目
黒崎大三郎との出会い
「悠樂軒」には、文芸誌『首都公論』編集長の黒崎大三郎も通っていました。
羽振りがよく、珠に五十銭のチップを置いていく黒崎。
書き上げた作品を携え、珠は店を出る黒崎を追いかけます。
「これ、読んでください!」
黒崎は笑いながら原稿を受け取りました。
予習メモ:黒崎大三郎のモデルは名編集長・瀧田樗陰
「黒崎大三郎」のモデルは、中央公論の名編集長として知られた「瀧田樗陰(たきた・ちょいん)」とみられます。
千代自身の回想によれば、瀧田はいつも店の決まった席に座り、一言も話さず猛スピードで食事を済ませると、会計に五十銭玉を置いて立ち去る客でした。
当時の五十銭は、現在の価値で2000〜3000円ほどで、千代はチップを楽しみにしていたようです。
ドラマで、珠が黒崎に原稿を直接手渡す場面は、オリジナルと思われます。
実際の千代は、燕楽軒を辞めたあとに日刊紙「万朝報」の懸賞短編小説に応募しており、1919年(大正8年)7月7日掲載の「習作」は選外だったものの、これが作家を志すきっかけの一つになったとされています。
千代が瀧田に直接原稿を送るようになったのは、少し先のことです。
1921年(大正10年)、夫の忠と暮らしていた札幌で、『時事新報』の懸賞短編小説に応募した「脂粉の顔」が一等に選ばれ、これをきっかけに顔見知りだった瀧田へ原稿を送るようになりました。
珠への酷評
後日、原稿を突き返された珠。
「稚拙。つまらん」
それでも珠は礼を言って仕事に戻ります。
落ち込む珠を、保はこう励ましました。
「ワシが読んじゃる。傑作に決まっちょる」
来店していた秋山にも声をかけられた珠は、黒崎に酷評されたことを打ち明けます。
秋山はこう言って、珠を勇気づけました。
「こき下ろされて傷つくのは、自分を信じた証拠だろう?」
予習メモ:宇野千代と芥川龍之介の接点
宇野千代が「悠樂軒」で働いていたのと同じ頃、憧れの作家だった芥川龍之介の家にも足を運んでいました。
芥川の家は、作家や文化人が入れ替わり立ち替わり訪れる、一種の「文学サロン」のような場所だったそうです。
ただ千代自身は、議論の輪に加われず、「末席に座らせてもらうだけ」でうつむいて黙っていることが多かったと振り返っています。
当時の千代にとって芥川は「雲の上の人」のような存在で、作家になった後も、特別な親交が続くことはなかったと回想しています。
後年、千代は「わたしはきっと、あの男前に惚れぼれしたんでしょう」と、芥川の容姿に惹かれていたことを明かしています。(面食いだったのですね)
当時の芥川は、すでに塚本文との結婚が決まっていた(1919年に結婚)こともあり、二人の間にロマンスが生まれることはありませんでした。
作家志望の左良太
「悠樂軒」で、珠は作家志望の「左良太」と知り合います。
左は3年前に大阪から上京したものの、やりたいことが定まらずふらふらしていたという青年でした。
小説と真剣に向き合う珠に触発され、自分もようやく原稿が書けるようになったと話します。
「小説を書く者同士、頑張ろう」
左から差し出された手を、珠は握り返しました。
その姿を、迎えに来ていた保が目撃してしまいます。
左はただの握手だと弁解して立ち去りますが、保の怒りは収まりません。
「一年以上・・・珠さんがこっち向くのを、ワシはずっと待っちょったんじゃ」
珠は恋仲になることを恐れていましたが、保の想いを受け止めます。
「ウチも保さんが好きじゃ」
こうして二人は、本当の意味で結ばれました。
予習メモ:左良太のモデルは今東光
「左良太」のモデルは、後に僧侶・作家・政治家として知られることになる「今東光(こんとうこん)」とみられます。
「悠樂軒」のモデルである燕楽軒の常連客で、千代と短期間、プラトニックな交際をしていたことが分かっています。
この時、東光と千代の仲をとりもったのが、のちに千代のパートナーとなる洋画家・東郷青児でした。
芥川龍之介の短編小説『葱』は、この頃の千代と東光がモデルになったとされています。
カフェで働く美少女「お君さん」が、交際相手(田中)と初めてのデートに出かける物語で、お君さんがデートの途中に八百屋で「特売の葱」を見つけた途端、一気に現実に戻って葱を買ってしまう、という内容です。(その行動に相手は興醒めしてしまう、というオチも)
お君さんは「髪結屋の二階に住んでいる」という設定からも、宇野千代さんの史実と重なります。
今東光が芥川に語った千代との散歩のエピソードが、小説の材料になったようですね。
→芥川龍之介の短編「葱」を読んでみたい方はこちら(青空文庫)
珠の妊娠
数か月後。
珠は自分が身ごもっていることに気づきます。
〜ブラッサム第6週につづく〜
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