この記事では、朝ドラ「ブラッサム」第4週のあらすじをご紹介します。
| 放送日 | 2026年10月19日〜10月23日 |
|---|---|
| 週タイトル | (未定) |
第4週のおおまかな流れはこうです。
- 珠が本家「葉野酒造」で働くも、悪評が収まらずクビになる
- いとこの木村保との文通を経て、東京行きを決意する
- 上京した珠は、保と下宿しながら再び小説と出会う
それでは、詳しいあらすじを見ていきましょう!
本家「葉野酒造」で働く珠
1915年(大正4年)、5月。
小学校を免職となった珠に、仕事を紹介してくれる人はいません。
葉野家の収入は、工場で働く母・リョウのわずかな給金だけになっていました。
そこで、リョウが宇野本家の清重に頭を下げ、珠はようやく本家「葉野酒造」で雑用係として働けることに。
それでも、珠への風当たりは強いままでした。
保との再会
ある日、珠は元夫・木村享一の弟である保(たもつ)と偶然再会します。
保は京都の第三高等学校に通うエリート。
父親の体調不良で、一時的に実家に帰ってきていました。
兄の享一は、その後、色街の女性と駆け落ちしたようです。
保は、学校を辞めさせられた珠の話にも優しく耳を傾けてくれました。
「どうせワシは京都に戻るんじゃけえ、どがあな噂が立とうと構わん」
二人は文学の話で盛り上がり、神社の境内で語り合います。
そして、別れ際には文通を約束しました。
予習メモ:保のモデルは藤村忠(ふじむら・ただす)
珠が久しぶりに再会した木村保のモデルは、宇野千代さんの従兄にあたる藤村忠さんです。
千代さんの最初の結婚相手である藤村亮一さんの弟で、実際に京都の「三高(京都大学の前身)」に通う超エリートでした。
史実では、千代さんは学校を解雇された後、しばらく朝鮮に渡り、岩国に帰ってきたところで、伯母・藤村カツさんと従兄・忠さんと再会しました。
藤村家に10日間だけ嫁入りした際にはあまり存在感のなかった弟でしたが、5年も経つと立派な青年へと成長。
忠さんは寡黙でしたが、顔を合わせるうちに、千代さんはだんだんと惹かれていきます。
忠さんの方も千代さんをまんざらには思わず、京都に帰った後も千代宛に手紙が届いたりしたこともありました。
※自伝「生きて行く私」では、本名の忠ではなく「悟」として登場します。
照子からの提案
珠と保が手紙を交わし始めて、数ヶ月後。
保の母、珠にとっては叔母の照子が珠に思いがけない提案をします。
京都で保と暮らし、身の回りの世話をしてほしいというのです。
「ゆくゆくは一緒になったらええ」
しかし、珠は断りました。
「ウチには家族がありますけえ、ここを出るとか考えられません」
その晩、珠はリョウに、もう保に手紙を書くのはやめる、と告げました。
予習メモ:伯母のアシスト
宇野千代さんと藤村忠さんとの再会を一番喜んだのは、伯母のカツさんかもしれません。
長男の縁談は失敗してしまったものの、千代さんは妹の娘であり、可愛らしい存在だったのでしょう。
偶然の再会の後、千代さんが弟妹を連れて、藤村家に遊びに行くようになると、「京都の悟(忠)が一人で住んでいるから心配だ」「私は家を空けれないし」と、同じ話を何度もするようになったと言います。
これは遠回しに、「千代さん、京都へ行って悟(忠)と一緒に住んでくれないか。ゆくゆくは結婚も見越して。」という意味でした。
伯母から忠さんへのアシストもあったのか、忠さんは帰郷ついでに広島旅行に千代さんを誘い、一緒に宿に泊まる経験もしています。
この時すでに、「両家公認」の仲になっていたようです
酒造を解雇される珠
その年の冬。
珠は葉野酒造を辞めさせられてしまいます。
悪評が消えない珠を雇ったことで、得意先が次々と離れていったのです。
リョウは珠を励ましますが、一家は貧しいまま年を越すことに。
年が明けた1916年(大正5年)4月。
京都にいる保から、久しぶりの手紙が珠に届きます。
「帝大への進学が決まった。9月から東京で暮らす」
という知らせでした。
珠は嬉しそうに返事を書き始めます。
珠が上京を決める
リョウは珠に、東京へ行くよう勧めます。
家族が心配だとためらう珠に、リョウは言いました。
「お金より、珠さまの心が心配じゃ。」
「ここで小そうなって生きちょる姿を、はあ(もう)見とうない。」
翌朝、上京を決めた珠は、弟たちに家を出ることを打ち明けます。
弟の守は涙ながらに引き止めますが、珠の決意は固いものでした。
「このまま岩国におっても、うずくまったままなんよ・・・」
9月、駅のホームで、リョウは信玄袋を渡し、珠との別れを惜しみました。
「幸せじゃった・・・珠さまと一緒におられて」
予習メモ:実際は京都で同棲スタート
伯母カツさんのアシストで、藤村忠さんとの距離がグッと近づいた19歳の宇野千代さん。
決定打は「この着物を京都の悟(忠)のところへ持っていっておくれ」と伯母が千代に頼んだことで、千代の京都行きが決まった形になりました。
この時、千代さんが持って行った「信玄袋」は、その後各地を転々とする中でも長く手放さなかった「旅の相棒」となっていくため、ドラマでも登場します。
【宇野千代展】女学校卒業後、郷里岩国の小学校で代用教員をしていた千代は同僚との大胆な恋愛をとがめられ退職。海を渡り京城(現・ソウル)へ。この信玄袋は「若き日の放浪」の幾歳月を千代と過ごした愛用品。どんな苦境でも美しく装った千代らしい… https://t.co/9vhHr2Onfo
— 神奈川近代文学館 公式 (@kanabun_PR) June 2, 2017
ドラマでは、珠と保の同棲が「東京」でスタートしますが、実際の千代と忠は、もっと早い段階で京都の「知恩院」という下宿先で同居が始まっていたのですね。
いとこ同士ということで、どことなく顔立ちも似ていたらしく、周囲には「兄妹」に見られていたようです。
京都で生活したのは2年弱。
藤村家が年金生活になったことで仕送りが途絶えることもあり、千代さんは中国人の家事手伝いをしたり、忠さんの使わない教科書や着物を質草にしながら、家計をやりくりしていたようです。
その後、忠さんが東京帝大法学部に進学するにあたり、一緒に上京しました。
下宿屋での生活
東京に着いた珠。
駅に行き交う人々を見て、人目を気にしなくていいことに安堵していました。
本郷の下宿屋「三好」で保と再会。
世間体のため、珠は保の「妹」ということにされていました。
その晩、保は珠に本当の気持ちを明かします。
「ワシ・・・ほんまはずっと、珠さんのこと思うちょった」
突然の告白に珠は戸惑いますが、保は、
「いつか岩国での辛いことが忘れられたら、こっちを向いて欲しい」
と優しく語りかけました。
翌日から、珠は保の世話に専念する日々を送ります。
予習メモ:最初の夫との再会
上京した千代さんと忠さんがまず向かったのは、千代さんの最初の夫であり、忠さんの兄・藤村亮一さんの下宿先でした。
亮一さんは浅草の寄席で働きながら、本郷湯島天神にある下宿先で茶汲みの女と同棲中でした。(ドラマでは女と駆け落ちして行方不明の設定になっている)
千代さんも亮一さんも、最初の結婚以来の久しぶりの再会でしたが、お互い特に気にする様子もなかったと言います。
しかし、数日後に亮一さんと女が下宿先を出ていくと、残された二人もそこを後にして、小石川駕籠町の女髪結いの店の二階に転居しています。
ドラマに登場する下宿屋「三好」の主人や女将はオリジナルキャラクターと思われますが、この時の住まいがモデルとなっているのかもしれません。
「土橋風子」との出会い
買い物の途中、珠は書店「ぶくぶく堂」に立ち寄ります。
雑誌『少女春秋』に掲載されていた小説『花手帖』。
作者は、二十歳そこそこの女流作家・土橋風子でした。
店主の本田は言います。
「少女小説だと思って舐めてると・・・腹の底にハフンと来るぞ」
珠は思わずその雑誌を手に取ります。
東京の地で、珠は再び「小説」と出合ったのでした。
予習メモ:「花手帖」のモデルは吉屋信子『花物語』
上京した宇野千代さんは、様々なアルバイトをしながら、文筆活動を始めています。
実際に作家として評価されるのはもう少し先のことですが、東京での作家たちとの出会いなどに、大いに刺激を受けたものと考えられます。
ドラマに登場する小説『花手帖』のモデルは、「少女画報」に大正時代に連載されていた吉屋信子さんの『花物語』とみられます。
吉屋信子さんは、大正から昭和にかけて絶大な人気を誇った少女小説の先駆者で、後の「シスターフッド」文学の源流とも言われる作家です。
ドラマでも今後、吉屋信子がモデルの「土橋風子」という人物を尾野真千子さんが演じ、珠との交流も描かれる予定です。
これから東京で珠にどんな出会いが待っているのか、注目してみていきましょう!
〜ブラッサム第5週につづく〜
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