2025年前期の朝ドラ「あんぱん」。
やないたかしの母親・登美子は自宅で茶道教室を開き、のぶもお茶を習うようになります。
そんな登美子やのぶの茶道の流派どこなのでしょうか?
今回は、のぶのモデルとなった小松暢さんの史実を深掘りしていきます!
【あんぱん】登美子やのぶの茶道の流派はどこ?
のぶのモデル・小松暢さんは「裏千家」で茶の湯を学び、晩年は指導する側になっていました。
詳しく見ていきましょう。
趣味で茶道を習う
朝ドラ「あんぱん」では、のぶが茶道に興味を持つきっかけになったのは、嵩の母・登美子の存在でした。
茶道教室を開くほどの腕前の登美子からお茶を点ててもらったのぶは、「お茶をいただくと心が落ち着く」とその魅力を感じたのです。
実際には、小松暢さん(柳瀬暢さん)は、20代から趣味で茶道を習っていたことがやなせたかしさんの書籍で判明しています。
20代と言えば、新聞社でやなせたかしさんと出会う前か出会ったばかりの頃です。
二人が結婚する前ですから、やなせたかしさんの実母と出会うきっかけもなかったでしょう。
そのため、のぶが茶道に関心を持つきっかけはドラマ用に作られたオリジナルエピソードということですね。
自宅に茶室を設ける
朝ドラ「あんぱん」では、1967年(昭和42年)にマンションへと引っ越し。
自宅の一角には「茶室」が設けられるという描写がありました。
ドラマでは「登美子を呼び寄せて、茶道教室をしてもらうために作った」と語られていましたね。
一方で、史実では、小松暢さんが自分のために茶室を作ったようです。
その頃の小松暢さんは、50代前後で、茶道の腕前は指導できるほどになっていました。
実際に、自宅マンションで茶道教室を開き、晩年は「お茶の先生」としてお弟子さんを育てていたのです。
この中のお弟子さんの一人が、その後、やなせたかしさんの秘書や会社の引き継ぎなどをされています。
朝ドラ「あんぱん」でも、のぶがお茶の先生になるのか気になります!
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のぶの流派は「裏千家」
そんな小松暢さんの茶道の流派は「裏千家」でした。
これは、2025年8月発売の茶道の専門誌で判明しています。
淡交📕でもう既に知っている方が多いでしょうが、朝ドラの「あんぱん」の のぶさんは裏千家の先生。今日の放送でその第一歩が。 pic.twitter.com/MnI4rFhIU4
— しずく (@shizuku_o) August 11, 2025
暢さんは裏千家で茶の湯を学び、七十五歳で亡くなるまで指導をしていました。
「淡交」令和7年8月号
朝ドラ「あんぱん」の茶の湯のシーンから、ネット上では「あの帛紗(ふくさ)のさばき方は、裏千家では?」と気づいている方もいました。
102話。ビーサンを履く蘭子。「絶対」を嫌う心中よ。豪ちゃん……河合優実の愁いが忍び込むと、一気に映像の品質が上がる。八木さんは、深い痛みを分かち合える存在。登美子さまの赤い帛紗捌き、あれは裏千家だな。稼ぎが良いはずなのに、中目黒の長屋で茶を噴き出す嵩さんてば(漫画#朝ドラあんぱん
— ヤシオユアン (@YasioE) August 18, 2025
ドラマでも、裏千家の先生の監修が入っているのかもしれませんね!
登美子の流派は不明
朝ドラ「あんぱん」の登美子のモデルは、柳瀬登喜子さんです。
史実でも、「生花」や「茶道」の先生をしていたということが取材により判明しています。
しかし、茶道の流派についての情報はありませんでした。
朝ドラ「あんぱん」の茶の湯のシーンが史実に基づいたものであれば、母・登喜子さんの流派も「裏千家」だったのかもしれません。
ちなみに、史実では、息子家族と同居することはなく、故郷の高知に帰り、最後まで1人で暮らしていたようです。
登美子のモデル・登喜子さんの晩年についてはこちらの記事で解説しています。

まとめ
今回は、朝ドラ「あんぱん」の登美子やのぶの茶道の流派について詳しくご紹介しました。
まとめると、
- のぶのモデル・小松暢さんの流派は「裏千家」
- 登美子のモデル・柳瀬登喜子さんの流派は不明
ということですね。
茶道好きな方であれば、朝ドラ「あんぱん」の茶の湯シーンが気になる人も多いはずです。
今後も引き続き楽しんでいきましょう!
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