大亀の怪談あらすじは?小泉八雲が愛した月照寺の伝説の内容【ばけばけ】

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暴れている亀
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朝ドラ「ばけばけ」の放送で再注目されている小泉八雲の怪談。

第13週では、松江の月照寺の「大亀像」の怪談が登場します。

この大きな亀の伝説とは、一体どのようなものなのでしょうか?

実は、もともと松平家の「長寿」を願って建てられた石碑が、いつの間にか「人を食べる亀」という怪談に変わってしまったようなのです。

今回は、

  • 小泉八雲が記した「大亀の怪談」の内容とは?
  • 大亀像はなぜ月照寺に建てられた?なぜ怪談に?

といった視点で詳しく深掘りしていきます!

目次

ばけばけに登場!小泉八雲の「大亀の怪談」あらすじは?

松江藩主の菩提寺である月照寺(げっしょうじ)に伝わる「大亀の怪談」

そのあらすじをざっくりまとめると、

夜な夜な暴れ回る大亀に石碑を背負わせて封印した

というものです。

ヘブン先生のモデルは小泉八雲。

八雲は、この大亀の怪談を著書「知られざる日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)」(明治27年)に載せて、世界中へと紹介しました。

小泉八雲が記した内容

では、小泉八雲はどのようにこの「大亀の怪談」を紹介したのか気になりますよね!

この話は、「杵築雑記」という夏の旅行について書かれたエッセイの一部で紹介されています。

松江のことを思い出しながら、以下の順番で触れられました。

  • 春日神社の鹿の像について
  • 月照寺の大亀の像について

八雲の原文では、大亀(化け亀)の夜の行動がこのように語られています。

  • ハスの池で泳ごうとした
  • 勝手放題な振る舞いをした

では、その原文(日本語訳)を見ていきましょう!

※一部はわかりやすいように表現を変えています。

また、松江の春日神社には、雄雌つがいの、本物の大きさの立派な唐銅のシカの像があるが、そのシカの頭は、よく見ると、別に鋳造したものを後から胴へ繋ぎ合わせたもののように見える。

この話は、ある正直な在所の人から私が聞いたものであるが、もとは雌雄ともに、頭も胴も1つの鋳物だったそうである。

それが後になって、夜騒ぎ出して困るので、それをさせないために、シカの頭を切らなければならなくなったのだそうだ。

しかし、こうした気味の悪い仲間の中で、夜出会ったら一番ゾッとするだろうと思われるのは、松平家代々の墓所のある松江の月照寺という寺の「化け亀」だ。

この「化け亀」は大きな石の像で、身長17フィートもあり、地上から6フィートも高く、頭をぬっともたげている。

今は割れ裂けたその背に、高さ9フィートばかりの太い四角な石が立っていて、それに半分消えかかった字が刻んである。

出雲の人たちが想像したように、この墓場の化け物が、真夜中にのそりのそり這い出して、近くのハスの池に入って泳ごうとした物凄さを想像してみたまえ!

言い伝えによると、この「化け亀」の勝手放題な振る舞いを止めさせるのに、とうとう亀の首をぶち砕かなければ納まらなかったのだという話だが、しかし本物を見ると、何だかただの地震で砕けたというふうにしか見えない。

引用:小泉八雲全集第1巻(みすず書房)

正直、この八雲の書かれ方を見ると、「あまり信じていなさそう・・・」と感じてしまいます。

とはいえ、小泉八雲はこの月照寺が本当に大好きな場所だったんだとか。

実際に小泉セツさんとよく散策に行き、「ここに私も埋めて欲しい」と願うほどだったそうです。

寺に残る「大亀伝説」

「月照寺」の公式ホームページには、もっと詳しくこの大亀の話が語られています。

具体的には、以下のとおりです。

  • 寺の住職が亀に懺悔を促した
  • 亀は「自分ではどうにもできない」と答えた
  • 亀が自ら大きな石碑を背負い封じ込めた

単に「退治された」という話ではなく、「大亀自身も自分を制御できずに苦しんでいた」ということが分かります。

月照寺のホームページはこちら

亀が人を食べた?

また、一部では「亀が人を食べていた」などの言い伝えもあります。

実際に、「ばけばけ」41話でも江藤知事(佐野史郎)が、

  • 夜になると亀が暴れ回って、人を食い荒らした
  • 住職が大石を背中に乗せて封じ込めた

と語っているシーンがありましたよね。

ヘブン先生も興味津々に聞き入っていました。

しかし、八雲の原文でも、月照寺の解説でも、「人喰い」という側面には触れられていません。

おそらく、伝説が語り継がれる中で、少しずつ脚色されていったのだと考えられます。

大亀像はなぜ月照寺にある?怪談になった経緯についても

大亀像は7代藩主が父のために建てた「寿蔵碑(長寿祈願の碑)」でしたが、その不気味な迫力から、江戸後期以降に「怪談」へと変化したと考えられています。

ざっくりとした時系列は以下のとおりです。

1778年8月松江藩7代藩主・松平治郷(不昧公)が、父である6代藩主・松平宗衍(むねのぶ)の長寿を願って建立。
〜1800年代不気味な迫力から「夜な夜な動き回る」のような噂が立ち始め、怪談へと変化する。
(正確な発生年は不明)
1890年〜1891年小泉八雲が松江に滞在。
月照寺をたびたび訪れ、大亀にまつわる伝承を聞く。
1894年小泉八雲が書籍「知られざる日本の面影」を出版し、大亀の伝承を掲載する。
昭和〜平成松江市の指定文化財になる。
現在「長寿のご利益」と「怪談の舞台」という二つの側面を持つ。

「暴れたから石を乗せた」のではなく、最初から石を乗せた状態で作られたものが、いつの間にか怪談へと変化してしまったというわけです。

なかなか面白い成り立ちですが、小泉八雲の紹介によって「怪談の舞台」として定着していきました。

さらに面白いのは、実はこれ「亀」ではなく「贔屓(ひいき)」という中国の神獣なのです。

亀ではなかった

この亀の石碑は、松平不昧公(7代藩主)が、父である6代藩主・宗衍(むねのぶ)のために建てた「寿蔵碑(長寿祈願の碑)」です。

このように亀が支える台座を

  • 亀趺(きふ)
  • 亀趺碑(きふひ)

と呼び、中国や韓国でもよく見られていたものです。

なぜ、亀が石碑を支えるのでしょうか?

実は、そもそもこれは「亀」ではなく、「贔屓(ひいき)」という龍の子供(神獣)なんだとか。

亀とそっくりですが、贔屓には角があり、「重いものを支える」という特技がありました。

そのため、石碑を作る際には、それを模して台座にすることで「長く守護される」という思想があったようですね。

月照寺だけでなく、全国各地にこのような形状の石碑が多くあります。

長寿を願うパワースポット

ここまでご紹介してきたように、月照寺の大亀の像は、元々は長寿を願って作られたもの。

そのため、怪談が流行る以前から「長寿の象徴」として人々に親しまれてきたのです。

月照寺でこの大亀像に「健康長寿」をお願いする方法があります。

  • 亀の前で合掌して一礼する
  • 亀の頭をやさしく撫でる
  • 心の中で長寿を願う

夜に見るとちょっと怖そうですが・・・

ご利益があるパワースポットとして、これからも長く愛されていって欲しいですね。

月照寺の見どころ

大亀がいる月照寺は、紫陽花が美しいお寺としても有名です!

6月〜7月頃が見頃ですので、その時期に合わせて訪れてみるのも良いですね。

また、8月のお盆ごろには「万灯会」という夜のイベントも行われ、幻想的でちょっと怖い雰囲気も味わえるそうです。

小泉八雲が愛した「月照寺」で、ぜひ思いを馳せてみてくださいね。

所在地島根県松江市外中原町179
拝観時間10:00〜16:00
(6月のみ8:30〜17:30)
拝観料一般700円、小中学生500円、未就学児無料
アクセスJR松江駅より 
・タクシーで約10分
・市営バスレイクラインにて約20分、「月照寺前」停留所で下車
・市営バス・一畑バスの「松江しんじ湖温泉行」にて約15分、 「交融橋」停留所で下車後徒歩約5分
・一畑電鉄松江しんじ湖温泉駅より徒歩約15分。
​※乗用車・観光バス駐車場あり
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