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ばけばけ「一日一反」とはどのくらい?織物の長さや時間は?小泉セツの史実も!

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2025年後期の朝ドラ「ばけばけ」。

第3週では、経営難に陥った織物工場で「女工たちに一日一反織らせよう」という話に。

トキたちは必死に機織りをしますが、一体どのくらい過酷なのでしょうか?

そこで今回は、

  • 【ばけばけ】一日一反とはどのくらい大変?織物の長さや時間は?
  • 小泉セツの機織り「一日一反」の史実とは?

について詳しく解説していきます!

目次

【ばけばけ】一日一反とはどのくらい大変?織物の長さや時間は?

着物

「一反」の長さは「約12メートル」で、これを1人で織るには1日10時間〜12時間以上の大変な作業となります。

詳しくみていきましょう。

布の一反(いったん)は着物1着分

「一反」と聞けば、田んぼや農地などのイメージを持つ方が多いかもしれません。

しかし、「土地の面積」と「布の長さ」では、以下のように全く意味が異なります。

用途読み方意味おおよその量
織物いったん(反物)布の長さ約12〜13メートル
田畑いったん(面積)土地の広さ約990平方メートル

布(反物)に使われる「一反」とは、

  • 幅:36cm〜40cm
  • 長さ:12m〜13m

を指しています。

「反」というのは、「一巻き」「一つの長さ」という意味が由来と言われています。

「一反」は、だいたい「着物1着分の布の量」を指す単位と考えればイメージがつきやすいでしょう。

10時間以上の集中作業

「ばけばけ」のトキたちは、手織り機(機織り)を使っています。

この場合、熟練した織子でも、1時間に織れるのは0.5m〜1mだったと言われています。

そのため、1日で一反(約12m)を織るには、

10〜12時間以上の集中した作業が必要

ということになります。

つまり、トキたちの1日の労働をイメージしてみると、

  • 朝7時:機織りを開始
  • 17〜19時:一反が完成(終了)

という感じです。

さらに、細かい模様が入っていれば時間がもっとかかる可能性も・・・。

これだけ見ても、女工たちへの負担がかなり大きいことが分かります。

手織りは全身を使う重労働

当時の手織り機の作業は、れっきとした肉体労働でした。

「静かに座ってやる仕事」に見えますが、実際には全身を使う「重労働」だったのです。

伝統的な手織り機の手順は、

  • 足で踏み板(ペダル)を交互に踏む
  • 経糸(たていと)を上下させる
  • 両腕で杼(ひ=横糸を入れる道具)を左右に投げる
  • 手で打ち込み(トントンと布を締める動作)

を繰り返し行います。

機織りが肉体的にきつい理由

  1. ずっと同じ姿勢(腰や肩に負担)
  2. 足を何千回も踏む(太もも・ふくらはぎへの疲労)
  3. 打ち込みの力作業(布を密に織るほど重労働)
  4. 繊細な集中力(1本の糸の乱れが全体に響く)

このように、一日一反を仕上げるために「10時間以上織り続ける」というのは、身体的にも精神的にも相当きつい仕事です。

これを安い賃金でやらされる場合には、「ブラック企業」と言わざるを得ないでしょう。

小泉セツの機織り「一日一反」の史実とは?

小泉セツ

「ばけばけ」主人公のモデル・小泉セツさんは、13歳の頃から「一日一反」を織り上げる働き者でした。

「ばけばけ」のヒロイン・松野トキのモデルは「小泉セツ」さんです。

小泉セツさんは、ドラマと同じように小学校を中退し、11歳から織子として働き始めました。

2年経つ頃には熟練し、13歳で「一日一反」を織り上げるようになっていたと言います。

夜中まで続く作業

小泉セツさんは、実父の小泉湊さんが経営する機織り工場に勤めていました。

「織子(おりこ)」として、朝早くから夜遅くまで懸命に働いていたと言います。

小泉セツさんは、工場だけでなく、家でも機織りに人並外れた精を出していたそうです。

18歳で婿養子をもらう頃には、

夜の床につくまでに一反を織り上げずにはいられなかった

というエピソードが残っています。

つまり、工場でも家でも、一日中機織りをする生活を何年を続けていたことが伺えます。

「ばけばけ」のように「一日一反のノルマ」が課せられていたという情報はありませんが、家族を支えるために必死だったのですね。

士族の娘とは思えない手足

このような生活を続けていたため、小泉セツさんの手と足は、とても逞しくなっていたと言います。

23歳の時、小泉八雲の家に住み込み女中として雇われることになった小泉セツさん。

この時、小泉八雲は「女中は士族の娘がいい」と注文をしていたそうです。

しかし、実際にきたセツさんの手足があまりに逞しすぎたため、「百姓の娘だろう」「騙したな」と紹介してくれた女性に対して不機嫌になったというエピソードが残っています。

節子様の手足が華奢でなく、これは士族のお嬢様ではないと先生は不機嫌で、私に向かってセツは百姓の娘だ、手足が太い、おツネさんは自分を欺す、士族でないと、度々の小言がありましたので、これには私も閉口致しまして種々弁明致しましても、先生はなかなか聴き入れませんでしたが、しかし士族の名家のお嬢さんに間違いありませんでしたので間も無く万事目出度く納まりました。

引用:八雲の妻・小泉セツの生涯(長谷川洋二)

実際、小泉セツさんは、小泉家という名家の娘でした。

しかし、士族の時代は終わり、実家も養家も没落してしまったのです。

その手足の逞しさは、セツさんが織子として今まで懸命に家族を支えてきた証でもありました。

その理由を知った小泉八雲さん。

セツのお嬢様生まれからの没落、そして親孝行のための自己犠牲の精神に、心を動かされたようです。

それは後に、息子の一雄さんに伝えた言葉にも残されています。

ママの手足が太いのは、少女時代から盛んに機を織ったためだ。
即ち親孝行からだ。

そんなに太かったのか・・・?と気になってしまうエピソードですが、「ばけばけ」でも描かれるのか注目ですね。


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