今では子供向けのキャラクターとして知られる「アンパンマン」。
実は、この世に初めてその姿を披露したのは、大人向けの雑誌「PHP」でした。
しかも、その姿は今のような風貌ではなく・・・「パンを配る太ったおじさん」だったのです。
今回は、そんなおじさん姿のアンパンマン初期の物語や内容について深掘りしていきましょう!
初期のおじさん「アンパンマン」の姿とは?
子供たちが大好きな「アンパンマン」。
顔がパンで作られていて、可愛らしい丸いフォルムが特徴ですよね。
この姿になったのは1973年の「あんぱんまん」という子供向けの絵本でした。
実は「アンパンマン」の歴史はもっと古く、その3〜4年前の1969年10月に「おじさんアンパンマン」として発表されたのが始まり。
初期のアンパンマンは、
- 空からアンパンを配るおじさん
- ボロボロの茶色いマント
という設定でした。
その初期のおじさんアンパンマンの姿がこちら!

なんとなく「アンパンマン」の原型はありますが、小太りのおじさん(人間)。
決してかっこいいヒーローではなかったのです。
初期のおじさん「アンパンマン」のあらすじ・内容は?

やなせたかしさんが温めてきたおじさん姿の「アンパンマン」は一体どんなお話だったのでしょうか?
詳しく読んでみましょう!
ダサい見た目のおじさん
アンパンマンが空を読んでいるシーンから物語は始まります。

アンパンマン。
あんまり聞いたことのない名前ですが、たしかにある日、アンパンマンは空を飛んでいました。
みたところ、マンガのスーパーマンや、バットマンによく似ていました。
でも、まるで違うところは、スーパーマンみたいにかっこよくなかったのです。
全身こげ茶色で、それにひどく太っていました。
顔は丸くて、目は小さく、鼻はだんごばなで、ふくれたほっぺたはピカピカ光っていました。
たしかにマントをひろげて鳥のようにとんではいましたが、なんだか重そうでヨタヨタしていました。
いかにアンパンマンが他のヒーローよりも「ダサい設定」なのかというのが伝わってくる冒頭です。
ある少年との出会い
アンパンマンはある街で、一人の少年と出会います。

へとへとにつかれたアンパンマンはある町の屋根の上でやすみました。
汗ビッショリでした。
目をかがやかせた一人の少年がアンパンマンに近づきました。
「こんにちは、マンガのおじさん。名前を教えてよ」
「私はアンパンマンだ」
「アンパンマン。聞いたことないけど、テレビには出ているんでしょ」
「私はテレビには出ないよ」
「じゃ、マンガの本に出てるんだね」
「いや、マンガの本にも出てない」
「そうかなあ。でも、ぼくのパパやママとはまるでちがう、マンガの中に出てくる人みたいだがなあ」
「私のことは誰も知らないのさ。それよりキミにアンパンをあげようか」
アンパンマンは、膨らんだお腹から、焼きたてのアンパンを取り出しました。
「いらないよ。ぼくはお腹がいっぱいだし、それにアンパンより、ソフトクリームの方がいい。ソフトクリームかキャンディーはないの?」
少年に贅沢なことを言われ、残念そうにヨタヨタと飛んでいくアンパンマン。
しまいには少年に「あんなのはダメだ。かっこわりい!」とつぶやかれてしまいます。
ヒーロー界での見下し
さらに、アンパンマンは他の漫画ヒーローたちからも罵声を浴びせられてしまうのです。

「見ろ!諸君。またニセモノだ。あんなうすぎたない奴のために、我々まで悪口を言われる」
見上げるとふとっちょのアンパンマンが汗だくで飛んでいました。
みんないっせいに「ニセモノ落っこちろ」と叫びました。
かなりひどい言われようで、読んでいて可哀想になってきます。
アンパンマンの真価を発揮
しかし、アンパンマンはかっこいい部分もあるんです。
貧しい国の上を飛んでいたアンパンマンは、ひもじい子どもたちを助けようとします。

戦いが続いて、野も山もすっかり焼けただれた国がありました。
荒れ果てて砂漠のようになった土地にほんの数人の子どもたちが、何にも食べるものがなく息絶えそうになっていました。
もう最後かと思う時、空のむこうに小さな点が現れたかと思うと、みるみる大きくなって近づいてきました。
アンパンマンだ!
アンパンマンはこげ茶色のマントの下から焼きたてのアンパンを子どもたちの上へ落としました。
「しっかりするんだ。私は何度でもアンパンを運んでくるぞ」
お腹がすいた子どもたちに、空の上からアンパンを配るアンパンマン。
これこそがアンパンマンの真髄と言えるシーンですね。
悲劇的なクライマックス
しかし、アンパンマンの善意の行動は悲しい結末を迎えます。

その時、ドヒューンという音がしてアンパンマンの胸のあたりに、白い煙があがりました。
飛行機とまちがえた高射砲陣地が火を吹いたのです。
アンパンマンは飛行機に間違えられて、撃たれてしまうのです。
「捨て身の行為=自己犠牲」というアンパンマンの原点が垣間見えます。
希望を残して・・・
初期のアンパンマンの物語の最後には、このように書かれています。

アンパンマンはどうなったか、それはわかりません。
しかし、決してくたばりはしないでしょう。
世界中のお腹のすいた子どもたちのために、アンパンマンは今も飛び続けているのはずです。
「やさしいライオン」と同じく、希望を残すメルヘンな終わり方となっています。
孤独なアンパンマンは「かっこ悪い」と言われながらも、今日もどこかを飛び続けているのです。
そんなアンパンマンの見た目が代わり、現在の「あんぱんまん」として絵本になるのは、このお話が掲載された約4年後でした。
初期のおじさんアンパンマンが載った雑誌とは?
今回ご紹介した初期のおじさん(人間)のアンパンマン。
1969年10月号の月刊誌「PHP」で初めて掲載されました。
#朝ドラあんぱん おいついた。今日の放送回では、編集者と打ち合わせで、例のおじさんあんぱんまんをみせてましたね。ひょっとして……
— PHP研究所 広報 (@PHPInstitute_PR) September 1, 2025
こちら #月刊誌PHP 1969年10月号に登場したアンパンマン。
たまるかー😳 ほいたらね👋 pic.twitter.com/6PkRm6754t
#朝ドラあんぱん おいついた。太ったおじさんはいよいよ登場みたいで、たまるかー!
— PHP研究所 広報 (@PHPInstitute_PR) August 22, 2025
作品としての「アンパンマン」の初出は #月刊誌PHP 1969年10月号のはずなのですが、当時を知っている社員はすでにおらず、これといった記録はなく全てが謎。
どうなるのかドキドキ!! や。ほいたらね☺️ pic.twitter.com/FS0UMZHKSR
1947年創刊の月刊誌「PHP」は、松下幸之助(パナソニック創業者)が発案した「人生の応援誌」。
「生き方」や「心の持ち方」などをテーマにしたエッセイやインタビュー、提案記事が多く掲載されています。
PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity=繁栄によって平和と幸福を』の頭文字で、松下幸之助さんの願いがこめられています。
初期の「アンパンマン」は、その年の1月号〜12月号まで、大人向けの短編童話集の1つとして掲載したものでした。
このほかにも、「チリンのすず」などの有名作品がこの時に掲載されています。
朝ドラ「あんぱん」にも、この「チリンのすず」をオマージュしたエピソードが組み込まれていましたね。

この12の短編童話集は、後に書籍化され「十二の真珠」として現在も販売されています。
子供も大人も楽しめる一冊ですので、やなせたかしさんの原点に触れてみてください。
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