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ばけばけ帝大生役キャストは誰?根岸と若宮の実在モデルも調査【東京】

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男性二人の後ろ姿
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2025年後期の朝ドラ「ばけばけ」。

第4週では、錦織友一(吉沢亮)と下宿している松江出身の「帝大生」が2名が登場。

名前は、

  • 根岸(ねぎし)
  • 若宮(わかみや)

です。

そこで今回は、

  • 【ばけばけ】帝大生役キャストは誰?朝ドラ出演歴は?
  • 【ばけばけ】根岸と若宮の実在モデルはいる?

について詳しく解説していきます。

目次

【ばけばけ】帝大生役キャストは誰?朝ドラ出演歴は?

朝ドラ「ばけばけ」で、帝大生役として出演しているのは、

  • 若宮役田中亨(たなかとおる)さん
  • 根岸役北野秀気(きたのひでき)さん

です!

詳しく見ていきましょう。

帝大生「若宮」は田中亨さん

田中亨さんのプロフィールがこちらです。

名前田中 亨(たなか とおる)
生年月日1999年2月15日
年齢26歳(2025年10月現在)
出身地大阪府
身長174cm
血液型B型
所属事務所ワタナベエンターテインメント
所属劇団劇団Patch(4期生)
出身スクールワタナベエンターテインメントスクール(東京校)
趣味描画
特技マラソン、水泳、ボクシング
デビュー経緯高校2年生のときに劇団Patchオーディションでグランプリを受賞し、芸能活動を開始
主な出演作品【ドラマ】
『先生を消す方程式。』(玉木譲役)
『スカーレット』(畑山順役)など
備考高校時代、大阪から東京へ夜行バスで通いながら養成所に通った努力家。
演劇を通じて大阪を元気にしたいという想いで活動している。

帝大生の若宮を演じる田中亨さんは、大阪府出身の現在26歳です。

高校生の時に俳優を志し、芸能活動をスタート。

2020年の朝ドラ「スカーレット」には、畑山順役で出演したことがあります。

「スカーレット」では、八郎の最初の弟子の1人である畑山を演じ、見た目が印象的なキャラクターでした。

「ばけばけ」では全く印象が異なるので、気づいた方も少ないのではないでしょうか。

今回の「ばけばけ」は朝ドラ出演演歴2回目ということになりますね!

帝大生「根岸」は北野秀気さん

北野秀気さんのプロフィールがこちらです。

名前北野 秀気(きたの ひでき)
生年月日1995年8月19日
年齢30歳
出身地大阪府
身長171 cm
血液型A型
所属事務所吉本興業(2020年〜所属)
出身校大阪芸術大学 舞台芸術学科ミュージカルコース 卒業(2019年)
特技スポーツ/韓国語/ミュージカル
主な受賞歴・道頓堀学生演劇祭vol.10 優秀助演男優賞
・関西演劇祭2020 アクター賞
・関西演劇祭2022 ベストアクター賞
主な出演作品映画:「それでもお前らは平和だった。」(2023)他ドラマ:新・ミナミの帝王(2022)など
備考主に舞台を中心に活動し、2020年代以降は映画・ドラマ出演も増加中。

根岸役の北野秀気さんは、「吉本興業」所属の現在30歳です。

主に舞台を中心に活動され、その演技力で受賞歴もあります。

2020年以降は、ドラマや映画、CMなどにも出演。

2024年の朝ドラ「虎に翼」では、安田講堂事件に関わった学生の被告役として出演していました。

年齢よりも若く見えるので、学生役がハマっていますよね。

北野秀気さんも「ばけばけ」が朝ドラ出演2回目となります。

【ばけばけ】根岸と若宮の実在モデルはいる?史実を調査!

「ばけばけ」の根岸と若宮は、同じく松江出身の以下の人物がモデルであると考えられます。

役名モデル備考
根岸岸清一(きし・せいいち)法律家・スポーツ振興家
若宮若槻礼次郎(わかつき・れいじろう)内閣総理大臣

上記の2名は、錦織友一のモデル・西田千太郎と同じ「松江中学」の出身で友人でした。

西田千太郎さんは、明治18年に教員免許を取るために上京しています。

この頃に、東京にいた友人が、

  • 岸清一(のちに大日本体育協会会長)
  • 志立鉄次郎(のちに日本興業銀行総裁)
  • 若槻禮次郎(のちに総理大臣)

といった面々でした。

帝大生の「根岸」や「若宮」という名前から推測するに、①岸清一、③若槻禮次郎がモデルではないかと推測できます。

帝大生という時点でエリートだとは思いましたが、歴史に名を残す「偉人」だったのです。

詳しく見ていきましょう!

岸清一(きし・せいいち)

岸清一と根岸
根岸のモデルは岸清一?
  • 没生年:1867年〜1933年
  • 出身:島根県松江市雑賀町
  • 職業:法律家、スポーツ振興家

岸清一さんは、島根県松江市出身の法律家であり、日本の近代スポーツ発展に大きく貢献した人物

東京帝国大学を卒業後、「弁護士」となり、法制度の整備や弁護士会の発展に尽力しました。

一方で、ボート競技をはじめとするスポーツの普及にも力を入れ、大日本体育協会(現・日本スポーツ協会)の会長としてオリンピック参加を推進

その功績から「日本近代スポーツの父」とも呼ばれ、島根県庁に銅像も建てられています。

1933年に亡くなった後、遺志により28億円もの寄附がされ、東京に「岸記念体育会館」が建設されました。

その後、老朽化により移転しましたが、現在は「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」に生まれ変わっています。

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