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ばけばけ三男のモデルは小泉藤三郎!その後どうなった?史実との違いも解説【三之丞】

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ばけばけ三男と鳥
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2025年後期の朝ドラ「ばけばけ」。

板垣李光人さん演じる雨清水家の三男・三之丞(さんのじょう)に注目が集まっていますね!

ばけばけの「三之丞」

そんな雨清水家の三男のモデルは誰なのでしょうか?

史実での三男は、「かなり困った人物」であり「悲しい最後」を迎えていることが分かっています。

そこで今回は、

  • 【ばけばけ】三男・三之丞のモデルは誰?
  • 【ばけばけ】三男のモデル・小泉藤三郎の史実やその後はどうなった?

について詳しく解説していきます。

※本記事では、朝ドラ「ばけばけ」の今後の展開を含む可能性がありますのでご注意ください。

目次

【ばけばけ】三男・雨清水三之丞のモデルは誰?

着物を着ている男性

「ばけばけ」の雨清水家の三男は、小泉家の三男・小泉藤三郎がモデルである可能性が高いです。

詳しく見ていきましょう。

雨清水家のモデルは小泉家

まず、「ばけばけ」での雨清水家のモデルは、実在した「小泉家」がモデルとされています。

なぜなら、小泉家は、

  • 小泉セツの実家であること
  • 当主の小泉湊が織物工場を経営していたこと

などがモデルとされる理由となっています。

小泉家は子沢山であったことから、遠い親戚の稲垣家(松野家のモデル)に赤子を養子に出したのです。

この赤子が、小泉セツ(松野トキのモデル)でした。

小泉家の家族構成

ただし、実在した「小泉家」とドラマの「雨清水家」には家族構成に違いがあります。

小泉家の家系図を見てみましょう。

小泉家の家系図
※無断転載禁止

この家系図を見てわかるように、小泉家には男子が4人、女子が2人いたのです。

ドラマと史実の家族構成を表で比較してみました。

続柄小泉家(史実)雨清水家(ドラマ)
長男氏太郎氏松
次男武松武松
三男藤三郎三之丞
四男千代之助
長女スエ
次女セツトキ(長女)

このように、史実における「四男」と「長女」にあたる人物がドラマでは登場していません。

そのため、子供の数が6人→4人に省略されており、「トキが長女」という扱いになっています。

三之丞は藤三郎のポジション

先ほどの表でもご紹介したように、小泉家の三男は、

小泉藤三郎(こいずみ・とうさぶろう)

という人物です。

長男の氏松は出奔(行方不明)し、次男の武松は病で他界。

父が亡き後は、小泉家の当主とならざるを得なかったポジションです。

年齢は、小泉セツさんの2歳下の弟でした。

「ばけばけ」の三男・三之丞も、

  • 三男であること
  • トキよりも年下に見えること

から、小泉藤三郎をモデルにしている可能性が高いでしょう。

三男・三之丞の役柄

改めて、「ばけばけ」で描かれる三男・三之丞の人物像を見てみましょう。

「三男だから両親から関心を持ってもらえない」という切なさや葛藤を常に抱えています。

家に居場所がなくてフラフラしていましたが、工場を任されていた兄が出奔。

急にスポットライトを当てられ、頼りにされることに戸惑いを隠せません。

今まで名前も呼んでもらえなかった親に、都合の良いように扱われることへの葛藤。

実の姉であるトキと両親との関係に複雑な思いを抱えているように感じます。

実際に、三男とはどんな人物だったのでしょうか?

次の章で、モデルの人生を詳しくみていきましょう。

【ばけばけ】三男のモデル・小泉藤三郎の史実やその後は?

若い男性と鳥

藤三郎は没落した小泉家を支えることができず、セツの仕送りを頼りに生活し、45歳で他界しています。

三男・三之丞のモデルと思われる「小泉藤三郎」の簡単な年表がこちらです。

三之丞のモデルの人生

年代年齢出来事
1870年0歳小泉家の三男として誕生
1878年頃8歳父・湊が織物工場を創業
1886年16歳兄・武松(次男)が病気で他界
1886年16歳織物工場が閉業
1886年16歳兄・氏松(長男)が出奔
1887年17歳父・湊が他界
1891年21歳姉・セツがラフカディオハーンと結婚
1896年28歳先祖の墓を売り払う
姉・セツの仕送りに依存
1900年32歳姉・セツが住む東京の家に訪問するも厄介払いになる
1916年45歳空き家で亡くなっているのが発見される

書籍「父小泉八雲」によれば、三男の小泉藤三郎さんは、

一家に多大な不安を与えた人物

として語られています。

ドラマと史実の共通点・違いも交えて、詳しくみていきましょう。

鳥が好きな美男子

板垣李光人さん演じる三男・三之丞は、今でいう「イケメン男子」。

女の子ような可愛らしい顔つきですので、ちょっと頼りなさげな弟という雰囲気もピッタリです。

実は、モデルの三男・藤三郎さんも見た目が美男子だったと伝えられています。

ただし、「鳥の飼育が趣味」というお気楽な一面があり、それが後に小泉家の没落を加速させていくことになります。

一方で「ばけばけ」の三之丞は、そのような趣味について描かれていません。

愛情不足ではなかった?

「ばけばけ」の三男・三之丞は、両親から関心を向けてもらえない寂しい息子として描かれます。

一方で、モデルの三男・藤三郎さんは、

幼い頃に父親の湊さんから読み書きや計算を教わっていた

という史実が残っています。

また、他の兄弟と同じように学校にも通わせてもらっていました。

(※実際には勉強が嫌いで、学校をサボって野山で鳥を捕まえて遊んでいたとのこと)

また、母のチエさんからは「とふさん」という愛称で呼ばれていました。

そのため、「三男だからぞんざいに扱われていた」という事実はないようです。

17歳:趣味への没頭で父がキレる

「ばけばけ」の第3週。

工場の経営を任された三之丞が「なんじゃこのありさまは!」と傳から叱責を受けるシーンが描かれます。

これは、三男・藤三郎さんの史実を元にしたシーンである可能性が高いです。

史実でも、父の湊さんが病気になった際に「大きな怒り」を買っています。

当時、三男・藤三郎さんは、父親の監視の目が遠のいたことで、さらに鳥集めの趣味に没頭していました。

そんな様子を見かねた父の湊さん。

歩くこともままならない体でありながら急に立ち上がり、藤三郎さんの鳥籠を蹴落とします。

そして、柱にかけてあった馬のムチを取り出すと、

おのれ、親不孝者め!
その腐れ根性を打ち据えてくれるわ!

と罵りながら、藤三郎さんを何度もめった打ちにしたそうです。

「ばけばけ」で織物工場の平井が「馬のムチ」を持ち出していたのは、この史実のオマージュと思われます。

息も絶え絶えになりながら息子に喝を入れた父の湊さん。

残念ながら、その後まもなく亡くなってしまいます。

しかし、そんなひどい目にあっても、三男・藤三郎さんは生き方を変えることができなかったのです。

他の兄弟のゆくえ

実家の織物工場が破綻した後、小泉家は没落していきます。

先ほどご紹介したように、小泉家には子供が6人いました。

しかし、ご覧のように、小泉家に残されたのは三男・藤三郎のみ。

続柄(生まれ順)名前その後
長男小泉氏太郎町娘と駆け落ちして出奔
次男小泉武松病気で他界
長女小泉スエ本多家の養女へ
次女小泉セツ稲垣家の養女へ、小泉八雲と結婚
三男小泉藤三郎家督を継ぐ
四男小泉千代之助岩見家に養子へ(その後復籍)

母のチエと生きる道を探すしかありませんでしたが、

  • 三男:当主として働く意欲が無い三男
  • 母:姫育ちで働くことができない

という状況で、生活は困窮するばかり。

ついに、母は物乞いへと転落していくのです。

そんな状態を見かねた、次女・セツさんは、ラフカディオハーン(小泉八雲)と結婚後、小泉家の母へと仕送りを始めるのでした。

28歳:姉からの仕送りに依存

その後、年齢的には働き盛りの藤三郎。

しかし、実際に「何かの職についていた」という情報は見つかっていません。

どうのようにして生活していたのでしょうか?

実は、姉セツが母に送る仕送りに依存していたことが判明しています。

小泉八雲と結婚したセツは、上京後も母チエに仕送りを続けていました。

チエからの感謝の手紙では、本来は恥ずべき息子・藤三郎のことを「とふさん」と呼び、その仕送りで二人が生活できていることが記されていたのです。

一方、小説「ヘルンとセツ」での藤三郎は、鳥好きから「鳥ビジネス」を始める様子が描かれていました。

藤三郎は大きな借金を作っていた。
趣味の鳥だった。
以前は山で捕まえては飼うだけだったが、鳥好きと知り合い、互いの鳥を見せ合ううちに、オウムという外国の鳥の存在を知る。
それは美しいばかりでなく、教えれば人の言葉もしゃべるのである。
藤三郎は興奮した。
とてつもない金額で売買されていると知るや、商売をしようと思いつく。

引用:ヘルンとセツ(田渕久美子)

小説では、セツたちが熊本に旅立つまではビジネスもうまくいっていたようですが、その後の様子は不明です。

いくら鳥が好きでも商売の才がなかった可能性もあり、結局は上手くいかなかったのだと推測できます。

28歳:先祖の墓を売り払う

同じ頃、三男・藤三郎さんは新たなトラブルを起こしていました。

松江の善導寺にあった父・湊が眠る小泉家の墓を勝手に売り払ってしまっていたのです。

セツたちは全く知らされておらず、帰省した際に墓参りをしようとしたところ、「墓がない」ということに気づきます。

寺の者に聞くと、

あれはせがれさんが売りなさいますた

との衝撃の事実を知らされたのです。

このことに小泉八雲さんもひどく失望し、藤三郎さんに対する嫌悪感を持ち始めます。

(※その後、小泉セツさんは、母チエさんが亡くなった際に墓を作り直しました)

セツさんは「弟と絶交した」と後に語り、交流を持たなくなっています。

最初にご紹介したように、「一家を不安にさせる存在」として本当に残念な人物だったということです。

32歳:セツさんを訪ねて上京

その後の史実では、藤三郎さんは、なんとセツさんを頼って上京してきていたことが判明しています。

この頃の藤三郎さんは、32歳前後。

絶交していた弟ですが、セツさんは渋々、「書生部屋」に寝起きさせることに。

小泉八雲さんには内緒でした。

しかし、20日ほど経った頃、我慢できず、藤三郎さんは部屋を出てきてしまいます。

八雲さんは藤三郎さんと対面すると、墓を売り払ったことへの怒りをこのように爆発させたそうです。

あなた武士の子です!
先祖の墓食べるの鬼となりますよりは、なぜ墓の前で腹切りしませんでしたか?

八雲に厳しく叱責された藤三郎は、その日のうちに家を出ました。

それがセツさんと藤三郎さんとの最後の対面となったのです。

45歳:空き家で孤独に・・・

それから16年後。

小泉家の三男・藤三郎さんは、松江の小泉家の近くの空き家で亡くなっているのが発見されています。

空き家の管理人が見つけて届を出したようです。

45歳という若さでしたが、亡くなった理由が病気だったのか、自害だったのか、飢餓状態だったのかは不明です。

その4年前には実母のチエさんも亡くなっていたので、本当に天涯孤独になってしまっていたのですね。

このように、一家のトラブルメーカーだった藤三郎さん。

好きなものだけに熱中し、恥ずかしさもなく姉に依存し、目先の金のための墓を売るなどの行動・・・

個人的な感想になりますが、「残念な人物」という一言よりも、今でいう発達障害か精神的な病気などの原因もあったのでは・・・と感じます。

【ばけばけ】三男・三之丞のモデルに関するQ&A

鳥を見ている男性

ばけばけの三男・三之丞は、その後どうなるのですか?

現在公開されているあらすじでは、その後どうなるのかという情報は分かっていません。
「鳥に夢中」という困った設定ではないため、実家の工場が閉鎖された後も、なんとか自活の道を探すのではないかと思われます。

藤三郎ではなく「三之丞」という全く違う名前なのはなぜですか?

藤三郎に似た名前にしなかった意図として、ドラマでは「彼とは別人格として描こうとしている」という方針が考えられます。
そのため、三男というポジションではありながら、史実とは異なった人生になる可能性も高いでしょう。

三之丞は藤三郎のように早くに亡くなってしまうのですか?

その点もまだあらすじが公開されていないため不明です。
史実とは兄弟の人数を減らしていることもあり、物語の最後までトキの弟として登場する可能性も考えられます。
(今後が判明次第、追記していきます)

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