朝ドラ「ばけばけ」に登場する「レフカダ・ヘブン」という男性。
ヘブンは文豪「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」がモデルの外国人です。
ヘブンを演じるトミーバストウさんは、その役作りのために片目を白くしていることが判明しています。
そんな容姿を見て、「ヘブンの左目が白いのはどうして?」「片目が見えないのは史実?」と気になる人が多いのではないでしょうか?
そこで今回は、
- 【ばけばけ】ヘブンの片目が白い・見えない理由はなぜ?
- 失明に関する小泉八雲のエピソードとは?
について詳しく深掘りしていきます。
※本記事は、朝ドラ「ばけばけ」の今後の展開を含んでいる可能性がありますのでご注意ください。
【ばけばけ】ヘブンの片目が白い・見えない理由はなぜ?

ヘブンのモデル・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、16歳の時に左目を怪我したことで失明しており、外傷性白内障によって白く濁っていたと考えられます。
一体何が起こったのか、詳しく見ていきましょう。
校庭での悲劇
小泉八雲(ヘブンのモデル)が左目を負傷したのは16歳のとき。
当時、八雲はイギリスの「アショウ・カレッジ(St. Cuthbert’s College, Ushaw)」という寄宿学校に通っていました。
ある日、親しい友人と「ジャイアンツ・ストライド」という遊具で遊んでいたところ、悲劇が起こってしまいます。
飛んできたロープの先が、運悪く八雲の左目に直撃してしまったのです。
19世紀から20世紀前半にかけて、欧米の学校や公園で見られた遊具の1つ。
中心の柱から長いロープが何本もぶら下がっており、ロープを持ったまま走り出すと遠心力で空を飛ぶようにグルグルと回転するのが特徴。
中学校や高校でも学校のグラウンドに設置され、体育の時間などに使用されていた記録があります。
怪我のリスクが高いことから「昔の危険な遊具」の代表格として知られ、20世紀後半にはほとんど姿を消しました。
原因となった遊具のイメージがこちらです。

八雲は左目の治療のため、長期で入院することに・・・。
手術もしましたが、残念ながら左目の視力を失ってしまいます。
白い目がコンプレックスに
八雲の見えなくなった左目は、「白く濁っていた」と言われています。
具体的な診断の情報はありませんが、水晶体が傷ついたことによる「外傷性白内障」だった可能性が高いでしょう。
八雲は、「自分の左目が恐ろしく醜くなっている」と恥じていました。
異性に対しても消極的になり、この頃から内気で暗い性格へと変化してしまったようです。
小泉八雲の肖像写真を見ると、どれも右側から撮られたものばかり。
#ロッキンレディオ
— ポンコツ大将 (@jT3CY2tDlF47825) February 10, 2025
ラフカディオ はん… pic.twitter.com/CSncJjZeas
アルカディア号とあるのを なぜだか “ラフカディオ号” と空目してしまい それはそれでまあアリかなと想ってしまいました pic.twitter.com/E35o5fftk8
— icePie also known as Modstoon (@quzxoco) November 5, 2024
うつむいたり、左目を手で隠すような写真も残っています。
八雲の白く濁った左目は、生涯、コンプレックスとなっていたことが伝わってきます。
義眼にしなかった理由
そこまで左目のことを気にしていた八雲。
なぜ義眼にしなかったのでしょうか?
小泉セツさんの著書「思ひ出の記」によれば、不自然な美しさを「嘘つき」だとひどく嫌っていたことがわかっています。
うわべのちょっと美しいものは大嫌い。
小泉節子「思ひ出の記」より
流行にも無頓着。
当世風(現代風)は大嫌い。
表面の親切らしいのが大嫌いでした。
悪い方の目に義眼をするのも、歯を脱いてから入歯をする事も、「皆嘘つき大嫌い」と言って聞き入れませんでした。
※一部の表現は都合により変換しています。
小泉八雲は、「嘘つき」が一番嫌いだったのです。
それは、入歯を入れたり、義眼を入れるなど、見た目を見繕うことも同じだと考えていたようですね。
トミー・バストウの役作り
ここまでご紹介したように、小泉八雲の左目が白濁していたのは史実です。
そのため、朝ドラ「ばけばけ」のヘブンの目は、史実を元に再現されているということですね。
※普段のトミーバストウさんは両目が青いため、左目にカラーコンタクトを使用して役作りをしているものと思われます。
実は、小泉八雲という人物が映像作品で描かれるのは、今回が初めてではありません。
1983年、小泉八雲の人生がモデルとなったドラマ「日本の面影」がNHKで放送されています。
当時、小泉八雲役を演じたのは、ウエストサイド物語のジョージ・チャキリス。
この時、彼は片目をつむって演技をしたことが話題となりました。
小泉八雲の半生を描いた山田太一脚本『日本の面影』は、名作でした。
— よこ🐶🐾👣😊 (@chacha_maru0526) July 4, 2018
史実では短躯・隻眼の冴えない風体だったという八雲を、ウェストサイド物語のジョージ・チャキリスが演じてイケメンに‼
TLの乙女ゲープロモに、八雲を発見して思い出しただけですが、
モデルは本家じゃなくチャキリスだろうと。 pic.twitter.com/Y4Oz7MZWVw
やはり八雲という人物を描くにあたっては、この「片目の障害」は切って離せないということです。
失明した小泉八雲(ヘブンのモデル)の印象的なエピソードとは?

片目が見えない小泉八雲には、「目」に関する関連エピソードが多くあります。
今回は、その中から印象的なものを3つご紹介します。
- 目が悪い女中・お信との話
- 目のケアを徹底していた話
- 盲目の主人公が出てくる話
「早く治してやってくれ」
小泉八雲が松江で滞在していた冨田旅館には、「お信(のぶ)」という女中がいました。
お信は片目が少し悪く、季節の変わり目にはいつも痛みがありました。
八雲は、「同じ病を持つものとして放っておくことはできない。治療費は全て自分が出す」と言い、遠方の大きな病院に行くように女将に勧めます。
しかし、旅館を経営していることもあり、なかなか遠方に向かうことは叶いません。
そこで教頭の西田から町の眼科医を紹介してもらった八雲は、すぐに酒店で良い酒を買い、その眼科へと急ぎます。
眼科の西田医師は、そんな八雲の熱心さに深く感激。
お信に「治療費はいらないから、1日に2度は来院するように」と伝え、結果、お信の眼病は全治したのです。
その後、八雲は冨田旅館を出て、一軒家に住まうようになります。
それは女将たちが女中に治療を受けさせず、「親の心がない」と八雲が怒ったからだと、小泉セツさんの著書で語られています。
宿の小さい娘が眼病を患っていましたのを気の毒に思って、早く病院に入れて治療するようにと親に頼みましたが、宿の主人はただはいはいとばかり言って延引きしていましたので「珍しい不人情者、親の心ありません」と言って、大層怒ってそこを出たのでした。
小泉節子「思ひ出の記」より
(中略)
しかし「娘少しの罪ありません、ただ気の毒です」と言って、自分で医者にかけて、全快させてやりました。
このエピソードからは、目を患った者への深い同情の気持ちや優しさが伝わってきますよね。
朝ドラ「ばけばけ」では、ヘブンの世話をする女中は「ウメ」として登場。
その後、この女中・お信がセツに仕事を紹介したことがきっかけで、八雲との出会いが生まれました。「ばけばけ」ではどのように描かれるのか注目です!
「良い眼を持って生まれてきて」
小泉八雲は、もともと遺伝的な理由で「先天性の近視」でもありました。
一体、どのくらい目が悪かったのでしょうか?
関連書籍では「近視は二度半であった」との記述があり、現代で言うと「-2.50D」「0.1」くらいの視力だったことがわかっています。
海が好きな八雲は、若い頃は「航海士」の夢を持つものの、近視のため断念しています。
左目が見えなくなってからは、残された右目の負担を案じて大切にしていたようです。
具体的には、
- 必要な時だけ片眼鏡をつける(常に眼鏡をすると眼が緊張するため)
- 机を高く作って手元との距離を短くする
- 机の上の小鏡で目の充血をチェックする
など徹底していました。
さらに、身近な人が新聞を下に置いて伏して読んでいれば、「手に持ってお読みなさい」と注意まで・・・。
自分だけでなく、他の人が目を患うことをひどく気にしていたことが伝わってきますね。
セツさんとの間に長男が生まれる際には、「良い眼を持って生まれてきてください」と祈っていたというエピソードも残っています。
自分があの通り眼が悪かったものですから、眼は大層大切に致しまして、長男の生れる時でも「よい眼をもってこの世に来て下さい」と言って大心配でした。
小泉節子「思ひ出の記」より
眼の悪い人にひどく同情致しました。
「はい、私は盲目です」
小泉八雲の怪談の中でも有名な「耳なし芳一」は、八雲の大のお気に入りでした。
盲目の琵琶法師である芳一が、毎夜謎の武士に呼び出されて平家物語を語っていたという怪談。その武士は平家の亡霊であり、芳一は知らずに墓場で死者たちに語り聞かせていました。
和尚が芳一の体に経文を書いて魔除けをしましたが、耳だけ書き忘れたため、亡霊に耳を引きちぎられてしまいます。それ以来、芳一は「耳なし芳一」と呼ばれるようになったのです。
セツさんの著書「思ひ出の記」には、面白いエピソードが残されています。
この「耳なし芳一」を書いている際、八雲は集中しすぎてランプもつけず、暗闇の中で執筆していたそうです。
そんな八雲の部屋の前で、セツさんは戸をあけずに「芳一、芳一」と呼びかけてみたそうです。
すると、八雲さんが中から「はい、私は盲目です」と冗談で返してきたこともあったんだとか。
「怪談」の初めにある芳一の話は大層ヘルンの気に入った話でございます。
小泉節子「思ひ出の記」より
(中略)
この「耳なし芳一」を書いています時の事でした。
日が暮れてもランプをつけていません。
私はふすまを開けないで次の間から、小さい声で、芳一芳一と呼んで見ました。
「はい、私は盲目です、あなたはどなたでございますか」と内から言って、それで黙っているのでございます。
いつも、こんな調子で、何か書いている時には、その事ばかりに夢中になっていました。
また、セツさんが琵琶法師の博多人形を買ってくると大喜びだったそうです。
この時分私は外出したおみやげに、盲法師の琵琶を弾じている博多人形を買って帰りまして、そっと知らぬ顔で、机の上に置きますと、ヘルンはそれを見るとすぐ「やあ、芳一」と言って、待っている人にでも遇ったという風で大喜びでございました。
小泉節子「思ひ出の記」より
八雲さんが「耳なし芳一」が大好きだった様子や、お茶目な一面が伝わってくるエピソードですね。
怪談の「耳なし芳一」は、主人公が盲目であることから「音から想像する情景」が臨場的に表現されている点でも高く評価されています。
同じく目が悪く、耳の感覚を頼りにしていた小泉八雲ならではの感性が生かされている作品と言えます。
ばけばけのヘブン(小泉八雲)に関するQ&A
ヘブン先生の猫背の姿勢も、役作りの1つであることが判明しています。
詳しくはこちらの記事をどうぞ。

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