2025年後期の朝ドラ「ばけばけ」は、島根県松江市が舞台となっています。
明治初期の松江の城下町では「天国遊郭」という遊郭や「遊女なみ」が描かれており、ヘブン(モデル・小泉八雲)も興味を示しているシーンがありました。
「松江に遊郭は実在したの?」「小泉八雲も遊郭で遊んだの?」と気になる方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、
- 松江に遊郭(遊女)は本当にあった?現在は?
- 小泉八雲と遊女のエピソードは?
について詳しく解説していきます!
松江に遊郭や遊女は本当に実在した?現在は?

結論から言うと、松江に遊郭は実在しており、現在は夜の街へと姿を変えています。
詳しくみていきましょう。
遊郭の発祥は「和多見町」
松江の遊郭は、もともと大橋川沿いの「和多見町」に存在していました。
「和多見町」は、松江駅の西北に位置するスポットです。
古い記録によれば、和多見に遊郭ができたのは、江戸時代の中期。
当時は、
- 和多見遊郭
- 新地遊郭
などと呼ばれていたようです。
この「和多見遊郭」は、出雲三大遊所(杵築、美保関)の1つとされていました。
そんな和多見町には、芸者などが接待をする「花街」も存在。
1800年代後半の全盛期には、60軒以上の貸席業(待合茶屋)があったとされています。
和多見遊郭の具体的な場所は、和多見町の「売布(めふ)神社」の西側でした。
現在は住宅などが立ち並ぶ
遊女は出雲以外から
ある記録によれば、和多見遊郭で奉公する遊女たちは、
- 大坂(大阪府)
- 米子(鳥取県)
などの出身が多かったとされています。
江戸時代の遊郭は、武士階級の遊びでした。
しかし、明治維新後は、遊女を買う文化が町人の間にも広まっていったと言います。
和多見遊郭も徐々に完備された遊郭となり、ブルジョア層の恰好の遊び場になっていきました。
一方で、客が増えたことにより、遊女が逃亡したり、ストーカーに遭ったり、駆け落ちしたりするようなトラブルも増加したようです。
松江の清光院という寺院に残る怪談「遊女松風」もそのような悲劇が題材となっています。
大火により移転
賑やかだった松江の和多見遊郭は、
- 明治17年の和多見大火
- 明治26年の大水害
の被害を受け、別の場所へと移転しています。
その和多見遊郭を引き継いだのは、神社の東側にある「伊勢宮町」でした。
伊勢宮町の遊郭は、そのまま「和多見遊郭」や「新地遊郭」の名で知られるようになっていきます。
戦後に「遊郭制度」は廃止されていますが、松江の遊郭は「赤線地帯(特殊飲食店)」として営業が継続されていました。
新地遊郭の赤線の入り口は「黒門」と呼ばれる門があり、その中には数十軒ほどが残存していたんだとか・・・。
島根県の近代建築を紹介されているサイトより、昭和13年頃の和多見遊郭のマップをお借りしてきました。
和多見遊郭略図(昭和13年)

こちらは戦前の様子ですが、30軒ほどの遊郭が営業していたことがわかります。
かつて黒門があった通り
しかし、1958年に規制が厳しくなると、松江の遊郭も完全に消滅しています。
現在の遊郭後は歓楽街へ
松江の遊郭が存在していた「伊勢宮町」。
現在は、飲食店やスナックなどが立ち並ぶ夜の街(歓楽街)となっています。
実は、そんな伊勢宮町にも、遊郭時代の建物が1軒残っているんです!
昭和2年(1927年)に建てられた「旧米江旅館(米江楼)」。
戦後は旅館となり、その後は「松江・巴庵」という料理店になっていましたが、現在は廃業しています。
元遊郭の裏側はこんな感じです。
そして、2002年には、登録有形文化財に登録されています。
遊郭の建物とはいえ、落ち着いた佇まいですね。
【建物名】旧米江旅館本館北棟
【住所】島根県松江市伊勢宮町535
【構造】木造2階建、瓦葺、建築面積150㎡
松江城下の市街地にある老舗の旅館建築。
文化遺産オンライン
敷地北側の街路に面して建つ北棟は,切妻造・平入の2階建で,入母屋造の玄関を設ける。2階を客室6室とするが,各室ごとに良質の銘木・珍木を用い趣向を凝らした座敷飾を整え,当時の和風建築のあり様を示している。
小泉八雲は遊郭に通っていた?遊女との史実は?

小泉八雲が松江の遊郭で遊んでいた史実ありませんが、「遊女」に関する話は書いています。
詳しくみていきましょう。
滞在旅館は遊郭の近く
小泉八雲が松江に到着し、最初に滞在していた旅館は「冨田旅館」です。
現在の「大橋館」が残る場所の近くでした。
この大橋川という大きな川を挟んだ対岸が「和多見町」になります。
そのため、小泉八雲が滞在していた旅館から遊郭は、橋を渡ってすぐという位置関係です。
実際、小泉八雲が松江時代に遊郭で遊んでいたとか、遊女を買っていたという記録は見つかりませんでした。
しかし、日本の風俗や文化を知る上で、何らしらの情報収集のために遊郭を訪れていた可能性は高いのではないでしょうか。
遊女を題材にした話
小泉八雲は、『普賢菩薩の伝説(影/Shadows)』という奇談で遊女を登場させています。
ざっくりとした内容は、以下のとおりです。
- ある僧侶が夢の中で「菩薩を見たければ遊女の館に行け」という声を聞く
- 美しい声を持つ遊女と目が合う
- その瞬間、遊女がまばゆい光を放つ菩薩に変身する
- 遊女は「今夜のことは誰にも話さないで」と言って去っていく
つまり、「遊女」が霊的で神秘的な存在であることが描かれています。
この話は、卑しいとされた遊女が、実は人々を救済する「菩薩の化身」かもしれないという「高貴な慈悲」を教え伝える内容となっています。
しかし私共は佛菩薩はこの世に於て無數の違つた形となつて現れる事を忘れてはならない、人を正しい道へ導いて迷の危險から救ふためには、如何に下等な賤しむべき形をもその聖い慈悲の目的のために選ぶ事を忘れてはならない。
普賢菩薩の伝説
小泉八雲は、遊女を社会的な弱者であることと同時に、日本文化の基盤や歴史の中で忘れてはならない役割を担ってきたことにも着目していたのでしょう。
平安時代まで、「遊女」は朝廷などに属し、儀式などに参加する聖なる者たちでした。
そのことを小泉八雲は知っていたのかもしれません。
トミーバストウと遊女
「ばけばけ」で小泉八雲を演じるのは、トミー・バストウさんです。
彼は、ドラマ「SHOGUN将軍」でイエズス会の司祭を演じる中で、遊女との接点がありました。
第8話では、江戸に教会を建てる許可を得て喜んでいたアルヴィト司祭が、隣が遊郭(遊女の館)だと知って渋い顔をするシーンが描かれています。

これは、遊郭と教会を共存させ、教会の動きを見張る目的があったのではないかと推測されています。
このシーンはかつては何もない干潟だった「吉原遊郭の始まり」を意味させる印象的な部分になっていました。
前作がこのような展開であったことからも、トミーバストウさんは、日本の遊郭文化や遊女の立ち位置についても詳しく勉強された可能性が高いでしょう。
ばけばけに登場する「遊女なみ」の実在モデルに関する考察記事はこちらです。

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