小泉八雲・セツの夫婦をモデルにした朝ドラ「ばけばけ」。
第3週では、雨清水傳(堤真一)が咳き込んで吐血し、倒れてしまうシーンが描かれます。
一体、雨清水傳はどうなってしまうのでしょうか・・・?
そこで今回は、
- 【ばけばけ】雨清水傳(堤真一)は何の病気?どうなる?
- 【ばけばけ】雨清水傳のモデルの病名やその後の史実は?
について詳しく解説していきます。
※本記事には、朝ドラ「ばけばけ」の今後の展開を含んでおりますのでご注意ください。
【ばけばけ】雨清水傳(堤真一)は何の病気?どうなる?

第3週で倒れた雨清水傳ですが、病名は明かされないまま帰らぬ人となる予定です。
堤真一さん演じる雨清水傳(うしみず・でん)は、トキの実の父親です。
自分が作った会社でトキを働かせ、縁談を用意してくれるなど、実の娘への溢れ出す愛情が感じられる人物でした。
そんな傳は、ある日、咳き込んで倒れてしまいます。
その後どうなるのか・・・公開されているあらすじをご紹介します。
ばけばけ第3週の流れ
- トキが傳の看病をする
- 傳は次第に体に力が入らなくなる
- 傳はトキに看取られながら旅立つ
トキが傳の看病をする
体調不良により、床に伏せてしまった雨清水傳。
その頃の雨清水家は、織物工場の経営悪化で傾き始めており、女中もいなくなっていました。
妻のタエは、姫育ちで看病ができず、お粥を作ることさえできません。
そんな雨清水家の状況を案じたトキ。
「私におじ様の看病に行かせてほしい」
と松野家の家族に頼みます。
そしてトキは、出勤前に傳の看病をし、仕事を終えた後も傳の元へ向かい、献身的な看病を続けます。
傳は次第に体に力が入らなくなる
トキが看病を始めて、3週間が過ぎます。
傳の容態は回復することがなく、さじを持つ手にすら力が入らなくなってしまいます。
そこでトキは、粥をすくい、傳に食べさせるのでした。
献身的に看病してくれるトキのことを、実の父親である傳は感慨深く感じていました。
「いつか親子のように振る舞いたい・・・」
そんなセツなる想いを、妻・タエと共に語り合うのでした。
傳はトキに看取られながら旅立つ
数日後、少し動けるまでに回復した傳。
織物工場の現状を見に行きますが、その場で激しく咳き込み、またもや倒れてしまいます。
工場を任されていた三男・三之丞。
動揺して、「トキは雨清水家の子供だ」ということを暴露してしまうのでした。
布団に横たわる傳。
最後の気力を振り絞ってトキに語りかけます。
「お前は・・・松野司之助と松野フミの子じゃ・・・」
その後、傳はゆっくりと目を閉じます。
妻・タエと娘・トキに見守られながら、旅立つのでした。
傳の病気(病名)は不明
ここまでご紹介してきたように、雨清水傳は、
- 咳き込む
- 吐血する
- 体に力が入らなくなる
のような症状が見られていました。
しかし、「何の病気なのか?」についてはドラマ内で具体的に語られずに他界してしまいます。
そこで、雨清水傳のモデルになった人物について詳しく見ていきましょう。
【ばけばけ】雨清水傳のモデルの病名やその後の史実は?

雨清水傳のモデルとされる小泉湊さんは、リウマチと結核の合併症により亡くなった可能性が高いです。
リウマチを患っていた
「ばけばけ」の雨清水傳のモデルは、「小泉湊(こいずみ・みなと)」さんだと言われています。
小泉湊さんは、小泉セツさんの実父。
雨清水傳のように、織物工場を開いてセツさんを織子として雇っていました。
そんな小泉湊さんは、明治20年に50歳の若さで他界しています。
実は、その1年程前から「リウマチ」を患い、病状に伏せていました。
当時は不幸に不幸が続いていた。(中略)
引用:八雲の妻・小泉セツの生涯(長谷川洋二)
それに加えて湊自身がリウマチを患い、病床に伏す身となったのである。
リウマチ(関節リウマチ)は自己免疫疾患で、免疫が自分の関節を攻撃して炎症を起こす病気。
主な症状は、「手足の関節の腫れ」「痛み」「こわばり」で、進行すると関節が変形して動かしにくくなる。
慢性的に体力を消耗し、感染症や合併症で命にかかわることも。
明治時代には有効な治療法がほとんどなく、「温泉療養」「漢方」「鍼灸」「サリチル酸」などが対症的に用いられていた。
現代のリウマチとの違い
「リウマチ」と言っても、現代と明治時代の「リウマチ」は少し意味が違っていました。
明治時代では、現代の「リウマチ(間接リウマチ)」よりも、広い意味で使われていたのです。
| 現代のリウマチ(関節リウマチ) | 自分の免疫が関節を攻撃する「自己免疫疾患」 |
|---|---|
| 明治時代のリウマチ | 「関節が痛む病気」全般を指す (※関節リウマチ、リウマチ熱などの違う病気も含まれていた) |
現代の「リウマチ(関節リウマチ)」そのものでは、直接命に関わることは稀なケースです。
一方で、明治時代の「リウマチ」は範囲が広く、治療法がほとんどなかったことから、合併症や衰弱で亡くなる人は一定数いました。
ですから、「リウマチで亡くなった」とされても、それが「関節リウマチ」とは限らず、心臓病や感染症などが原因だったことも考えられます。
リウマチと結核の合併症か
小泉湊さんの病気については、「リウマチ」という情報しか残っていません。
一方で、「ばけばけ」の雨清水傳は、「咳込んで吐血する」というシーンが描かれています。
吐血と聞けば、すぐに「結核」をイメージする方も多いでしょう。
「結核菌」という細菌が肺などに感染して起こる病気。
明治時代の結核は、「不治の病」とされていた。
主な症状は「長引く咳」「血の混じった痰」「微熱」「体重減少」「全身の衰弱」。
当時は栄養不足や不衛生な環境が原因で流行しており、特に若い女性や働き盛りの人に多く見られた。
抗生物質がなかったため、治療法は限られ、温泉療養や栄養改善が中心。
亡くなる人が非常に多かったことから「国民病」とも言われていた。
リウマチそのもので吐血は起きることは、ほとんどありません。
しかし、当時の患者の中には「リウマチに結核を合併するケースが多かった」という記録が残っています。
そのため、「ばけばけ」の雨清水傳の病気は、リウマチと結核の合併症ではないかと推測できます。
※「結核」は「うつる病気」のため、隔離されていないのであれば、違う病気の合併症である可能性もあります。
最期は息が荒かった
書籍「八雲の妻・小泉セツの生涯」によれば、小泉湊さんは亡くなる前に「呼吸が喘いでいた」とされています。
寝床に連れ戻したが、病人は喘ぐ呼吸とともに、肋骨を波立たせるのであった。
引用:八雲の妻・小泉セツの生涯(長谷川洋二)
彼の病勢はにわかに高じ、間もなく齢五十一歳で亡くなったのである。
この描写からも、リウマチだけでなく、呼吸器系の病気なども患っていた可能性が高いと言えるでしょう。
「ばけばけ」の雨清水傳も、これらの史実をもとにして「体が動かしにくい」「吐血する」「咳き込む」などの症状が描かれたのかもしれません。
心の支えでもあった傳が亡くなるというのは、トキだけでなく、いち視聴者としても辛いシーンになりそうですね。
ちなみに「姫育ちの妻が粥を炊けない」というのは、史実に基づいたエピソードです。
雨清水タエ(北川景子)のモデルや生涯については、以下の記事をご覧ください。

ばけばけ雨清水傳(小泉湊)の病気に関するQ&A

史実においても小泉セツさんは実父の看病をしたのですか?
はい。
実母のチエ(雨清水タエのモデル)が看病が苦手であったことから、セツさんが仕事の合間をぬって献身的に世話をしていました。
「ありがとう、ありがとう。お前にはすまん」と何度も感謝されたそうです。
その頃の小泉セツさんは小泉湊さんが実父だと知っていたのですか?
はい。
小泉セツさんは、3歳くらいの時から自分の出自を知っていました。
ですから、実父である小泉湊さんには特別な想いがあったのです。
織物工場はその後どうなりましたか?
史実においては、織物工場はまもなく閉鎖されました。
「ばけばけ」でも、第4週にその様子が描かれる予定です。
戸主がいなくなった後は誰が引き継いだのですか?
史実では、長男が失踪、次男が他界したことから、三男・藤三郎が戸主となっています。
「ばけばけ」でも、長男・氏松が失踪し、三男の三之丞が引き継ぐものと予測されます。
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