やなせたかし妻の兄弟や妹は3人!池田瑛と池田圀はどんな人?【蘭子メイコ】

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朝ドラで再注目されている「やなせたかし」さん。

その妻をヒロインにした朝ドラ「あんぱん」では、朝田のぶ(主人公)には、蘭子とメイコという二人の妹がいます。

朝田のぶは「3人姉妹」という設定ですが、実際は「4人兄弟」だったことが判明しています。

そこで今回は、

  • やなせたかし妻の兄弟や妹の構成は?
  • やなせたかし妻の兄弟や妹はどんな人物?

について詳しくご紹介していきます!

目次

やなせたかし妻(小松暢)の兄弟や妹は何人?年齢は?

やなせたかしさんの妻(小松暢)さんには、兄1人と妹2人がいました。
年齢は、ドラマと史実では少し異なります。

やなせたかしさんの妻のモデルは「小松暢(こまつのぶ)」さんです。

旧姓は「池田」であり、池田家には子供が4人いたことが高知新聞社の取材でわかっています。

  • 長男:池田穣
  • 長女:池田暢(小松暢)
  • 次女:池田瑛(えい)
  • 三女:池田圀(あき)

それぞれの年齢を見ていきましょう。

後に、やなせたかしさんの妻になる池田暢(小松暢)さんは、1918年(大正7年)生まれ

兄の穣さんの年齢に関する情報はありませんが、「やなせたかし はじまりの物語(高知新聞社)」に掲載されている家族写真を見ると、兄は暢さんよりも2〜3歳くらい上のように見えます。

次女の瑛(えい)さんは、1920年(大正9年)生まれで、2歳下の妹でした。

三女の圀(あき)さんの生年月日は不明。

しかし、ある新聞記事によれば「父が亡くなったとき、一番下の妹は生まれたばかり」という情報があります。

バリバリ活躍していた鴻志さんですが、釧路で5年勤務した後の1924年、39歳で亡くなります。暢さんが6歳の時です。当時の官報には「大正十三年十一月十一日監査役池田鴻志は死亡シタリ」と記録されています。暢さんは当時5人きょうだい(兄1人、暢さん、妹3人)。一番下の妹は生まれたばかりでした。

【あんぱん】加瀬亮さん演じる結太郎のモデル 暢さんの父は敏腕商社マン 池田鴻志さん、39歳で死去 転勤で大阪や釧路で暮らす

(※上記の記事には「5人きょうだい」と書かれていますが、家族写真では4人兄弟です。)

三女さんが1924年(大正13年)生まれだとすると、暢さんとは6歳下の妹ということになりますね。

朝ドラ「あんぱん」では、のぶに兄はおらず、2歳下の妹として蘭子、4歳下の妹としてメイコがいる設定になっています。

そのため、史実とドラマでは、以下のような違いがあります。

ドラマ史実
長男いない設定2〜3歳上の兄(穣)
次女2歳下(蘭子)2歳下(瑛)
三女4歳下(メイコ)6歳下(圀)

兄の代わりに、家族のような存在である弟子の「豪(ごう)」という青年を描いたのかもしれません。

やなせたかし妻の兄弟や妹はどんな人物?(蘭子・メイコのモデル)

小松暢さんの兄と三女に関する情報はほとんどありません。
次女は「やなせスタジオ」で勤務し、姉の暢さんをサポートしていました。

それぞれの人物について、詳しくみていきましょう!

やなせたかし妻の兄:池田穣

残念ながら、やなせたかしさんの妻の兄・池田穣さんに関する情報は、一切公にはなっていません。

書籍などで公開されている家族写真も、子供たちが10代くらいの時代のみです。

兄の姿はそれ以降確認できず、妹の夫であるやなせたかしさんやとの交流があったかどうかも不明です。

若い頃は体格の良い青年に見えたので、戦争に出征して帰らぬ人となった可能性も考えられます。

やなせたかしさんや小松暢さんに関連する資料は、公益財団法人やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団が保管・管理をしています。

今後、池田家側の写真などが公開されれば、その足跡を辿れるかもしれません。

やなせたかし妻の妹:池田瑛

次女の池田瑛さんについては、暢さんの片腕的な存在でしたので、様々な情報が残っています。

情報をざっくりとまとめると、

  • 教師をしていた男性と結婚
  • 子供は3人(1人は後に養子へ)
  • 夫は満州で戦死
  • やなせスタジオで経理を担当

という人生を送ったことがわかっています。

瑛さんのお子さんは現在もご健在であり、愛知県で菓子店を営んでおられます。

詳しくはこちらの記事でご紹介しています。

やなせたかし妻の妹:池田國

三女の池田圀さんについては、兄の穣さんと同様に情報がほとんどありません。

池田家はモダンは暮らしぶりで、姉妹たちはバイオリンやピアノを習っていたそうです。

高知新聞社の書籍では、三女の圀さんは「宝塚音楽学校に入りたい」という夢を持っていたことがわかっています。

しかし、姉の暢さんも歌が上手だったため、むしろ暢さんの方が「向いている」と宝塚の受験を勧められたこともあったんだとか。

一番下の妹が「宝塚音楽学校に入りたい」と言った時、快活で歌の上手な暢さんの方が「向いている」と、周囲が進めたという。

「やなせたかし はじまりの物語」(高知新聞社)

「池田圀」という名前で表舞台で活動していた情報はなく、宝塚は夢で終わってしまったのかな・・・と思われます。

朝ドラ「あんぱん」でも、三女のメイコは、ドラマの中で美声を発揮しています。

もしかしたら今後、「宝塚に入りたい!」というセリフが出てきたり、「ブギウギ(USK)」の登場人物との絡みがあったりするかもしれませんね。

まとめ

今回は、やなせたかしさんの妻の兄弟や妹について詳しくご紹介しました。

まとめると、

  • やなせたかしさんの妻には兄1人、妹が2人いた
  • 次女の瑛さんは「やなせスタジオ」で働いていた
  • 兄と三女の情報はほとんど公表されていない

ということになります。

何か新しい情報が入りましたら、追記させていただきます!

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