現在、BSで再放送されている朝ドラ「チョッちゃん」。
北海道・滝川の大自然で自由に育った少女が、やがて音楽の道を志し、昭和の激動期を天真爛漫に乗り越えていく。黒柳徹子さんの母の半生がモチーフ。昭和62年放送。
第123回では、ついに蝶子の夫・要(世良公則)さんに召集令状が届き、出征する展開となります。
要さんは生きて帰ってくるのでしょうか?
そこで今回は、要さんのモデルになった人物がその後どうなったかについて解説していきます。
【チョッちゃん】要さんは出征して帰ってくる?その後どうなる?

要さんのモデル(黒柳守綱さん)は、1944年に満州に出征後、1949年末に帰還しています。
つまり、要さんは生きて帰ってくる可能性が高そうです。
詳しく見ていきましょう!
1944年に36歳で出征
チョッちゃんの夫・岩崎要の実在モデルは、
黒柳朝さんの夫・黒柳守綱(くろやなぎ・もりつな)さん
です。
1940年代には、ヴァイオリニストとして「東京放送管弦楽団」に所属していました。
しかし、1944年に36歳で招集され、旧満州(中国北東部)へと渡ることになります。
4年間シベリアで過ごす
その後、1945年に終戦するまでリアル要さんは生き延びました。
しかし、すぐに帰ることができず、シベリアに収容されていまいます。
最初は炭鉱掘りなどの肉体労働をさせられていたようですが、次に”別の役目”を与えられたようです。
リアル要さんは職業がバイオリニストだったため、「バイオリンを弾いて収容所を慰安して回れ」という命令が出たのです。
同じく収容されていた指揮者やチェリストらとともに「沿海州楽劇団」が結成されます。
リアル要さんたちは終戦後も、ハバロフスク沿岸の日本人の収容所の慰問にあたっていました。
過酷な状況下でも、日本に帰ることを夢見ながら、音楽を続けていたのです。
家族写真を軍服に
その頃の黒柳徹子さん一家は、青森に疎開していました。
リアル要さんは名の知れた音楽家だったため、「シベリアで生きている」ということは新聞に載ったようです。
一家はホッとしましたが、帰ってくる気配が一向にありません。
そんな中、「あの人は慰問団から脱走しようとしてうたれた」などと根も歯もないウワサが流れたことも。
しかし、リアル蝶子さんは冷静でした。
「お父様は慎重な方よ。無謀な脱走なんてするわけがない。」と信じて待ち続けていたのです。
その頃、リアル要さんは、出征する前に家族で撮った写真を軍服のポケットに大事にしまい、過酷なシベリア生活を続けていました。
1949年末に41歳で帰還
結局、リアル要さんが日本に帰還することができたのは、1949年末(昭和24年)のことでした。
終戦からすでに4〜5年も経過していたタイミングでした。
その頃、家族は青森に疎開したままでしたが、リアル要さんからは手紙もこず、青森に疎開していることすら伝えられない状況が続いていました。
冷静なリアル蝶子さんも、何か行動を起こさずにはいられなかったようです。
そのころのリアル蝶子さんは、少しでも夫の情報を得ようと、駅に汽車が止まるたびに窓からこのように聞いて回りました。
誰か、黒柳守綱のバイオリン聞いた方、この中にいらっしゃいませんかー?
毎日のように聞いて回っていたところ、ある日「バイオリンを聴いた」「元気でしたよ」と言ってくれる人がついに現れます。
これでやっと「お父様が生きている!」ということがわかり、家族みんなが安堵したというエピソードが残っています。
東京交響楽団のコンマスへ
41歳で帰還したリアル要さんは、品川駅でついに家族と再会を果たします。
「ドラマチックな再会というよりも、淡々とした出迎えだった」と黒柳徹子さんは当時を振り返っています。
そして、演奏活動を本格的に再開。
「東京交響楽団」のコンサートマスターに就任し、長く活躍します。
さらに、レコーディングスタジオの演奏家としても活動し、1954年の映画「ゴジラ」のテーマ音楽の演奏にも携わっています。
その後、リアル要さんは「若手音楽家の育成」にも積極的に関わり、情熱を注いでいきました。
リアル要さん=黒柳守綱(くろやなぎ・もりつな)さんは、戦前、戦後のクラシック界を支えた演奏家であり、教育者だったのです。
その後、1983年に74歳で他界されています。
チョッちゃんのモデル・黒柳朝さんは、エッセイストとして活躍後、2006年に心不全のため亡くなっています。享年96歳というご長寿でした。
【チョッちゃん】要のモデル・黒柳守綱さんのプロフィール
最後に、黒柳徹子さんの父・黒柳守綱(くろやなぎ・もりつな)さんのプロフィールをご紹介します。
| 氏名 | 黒柳 守綱(くろやなぎ もりつな) |
|---|---|
| 生年月日 | 1908年6月20日 |
| 没年月日 | 1983年4月30日(74歳没) |
| 出身地 | 日本・東京府 |
| 職業 | ヴァイオリン奏者 |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 活動内容 | 新交響楽団(NHK交響楽団の前身)コンサートマスター、四重奏団など |
| 主な受賞 | 毎日新聞優秀演奏家賞 |
| 家族 | 妻:黒柳朝 長女:黒柳徹子 長男:黒柳明兒 二男:黒柳紀明 二女:黒柳眞理 三男:黒柳貴之 |
黒柳守綱さんの顔画像を見ると、かなりハンサムだったことが伺えます。
黒柳徹子のお父さん黒柳守綱の写真
— 前〜maemuki〜向 (@sawayakamaemuki) December 12, 2017
これは…東洋音楽学校の生徒たちが「きゃーステキー」となるのもわかるよね #トットちゃん pic.twitter.com/Ot01RWyyhY
#徹子の部屋 山本耕史
— l.esprit.mao.asada🍉 (@lesprit_mao_26) September 26, 2017
10月2日から始まる帯ドラマ劇場『トットちゃん!』で、黒柳徹子の父でヴァイオリニストの黒柳守綱を演じる。個性的な娘“トットちゃん"を育てる父親の役、“娘"とのトークに山本さんも少々緊張すると語る。
山本耕史は植木等さん役も(歌も)大好評だしね… pic.twitter.com/J0hqxvvfq3
まとめ
今回は、朝ドラ「チョッちゃん」の要さんの出征やその後について詳しくご紹介しました。
要さんのモデルは、1949年に日本に生きて帰って来ています。
そのため、朝ドラでもそのように描かれる可能性が高いです。
これからのシーンは辛い部分も多いでしょうが、要さんの帰還を期待して見守っていきましょう!
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