BSで再放送された1987年の朝ドラ「チョッちゃん」。
最終回では、出征した夫・岩崎要が無事に帰ってくるまでが描かれました。
その後、チョッちゃんこと「黒柳朝」さんはどのような人生を辿ったのでしょうか?
そこで今回は、チョッちゃんのその後や晩年に史実についてご紹介していきます!
チョッちゃん(黒柳朝)のその後は?晩年や海外移住の史実!
黒柳朝さんはその後、47歳で男児を出産し、70代からは随筆家となり、アメリカにも移住しています。
史実では、「チョッちゃん」は以下のような出来事をたどります。
| 年代 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1949年 | 39歳 | 夫・守綱が戦地から帰還 |
| 1953年 | 43歳 | 長女・徹子が女優デビュー |
| 1957年 | 47歳 | 三男・貴之を出産 |
| 1976年 | 66歳 | 長女・徹子のTV番組「徹子の部屋」がスタート |
| 1981年 | 71歳 | 長女・徹子の自伝「窓ぎわのトットちゃん」がベストセラーとなる |
| 1982年 | 72歳 | 初の自伝エッセイ「チョッちゃんが行くわよ」を刊行 |
| 1983年 | 73歳 | 夫・守綱が74歳で他界 |
| 1987年 | 77歳 | NHK朝ドラ「チョッちゃん」の放送 |
| 1990年頃 | 80歳ごろ? | アメリカのカリフォルニア州に移住 |
| 1996年 | 83歳 | アニメ映画「チョッちゃん物語」公開 |
| 2006年 | 96歳 | 心不全のため東京都にて死去 |
47歳:三男の貴之さんを出産

夫が戦地から帰還して約8年後。
47歳のチョッちゃんは、なんと5人目のお子さんを出産しています・・・!
※史実では、男の子3人・女の子2人の5人の母親。
娘の黒柳徹子さんとは、「24歳差」の兄弟。
当時としても珍しい高齢出産であったことから、一時期は「黒柳徹子さんの子なのでは?」などという噂も流れました。
なお、三男・貴之くんは、一般人で顔出しなどはされていません。
チョッちゃんのエッセイでは「姉(徹子さん)の比じゃない」と書かれるほど、ヤンチャで手のかかる男の子だったようです。
その後、貴之くんは、中学校からは全寮制の学校に入学しています。
中学に上がる頃のチョッちゃんは、還暦の60歳手前。
まだまだ若いとはいえ、体力面を考慮して寮に入ってもらったのではないかと思われます。
貴之さんはその後、外資系の航空会社に就職されたようです。
貴之さんがチケットの手配をしてくれるおかげで、晩年のチョッちゃんは、海外旅行にもたくさん行っていたそうです。
72歳:エッセイストとしてデビュー

チョッちゃんは、72歳をすぎてから随筆家(エッセイスト)として本格的に活動し始めます。
きっかけは、長女・黒柳徹子さんの自伝的物語「窓ぎわのトットちゃん」がベストセラーになったこと。
物語に出てくる母・黒柳朝さんの人柄や育児に注目が集まったのです。
そして、雑誌「主婦と生活」の1982年4月〜10月までエッセイの連載をスタート。
その記事が人気を呼び、「チョッちゃんが行くわよ」という名前で書籍化されることに。
これが、今回の朝ドラ「チョッちゃん」の原作となっています。
そして、77歳の時に、自分がモデルの朝ドラが放送開始!
主演の古村比呂さんと黒柳朝さん
原作者で黒柳徹子さんの母でもある黒柳朝さんと古村比呂さんのツーショット。
— utatane (@utatane1943) September 19, 2025
リアルチョッちゃん、めちゃくちゃかっこいい。#チョッちゃん pic.twitter.com/o61dhFqGgy
この頃のチョッちゃんは、日本国内だけでなく、海外で公演を依頼されることもあったようです。
黒柳朝さんはその後も、
- チョッちゃんだってやるわ(朝日新聞社、1985年5月)
- バァバよ大志をいだけ(主婦と生活社、1986年9月20日)
- チョッちゃんの心はいつもコロンブス(主婦と生活社、1987年9月)
- 魔女っ子チョッちゃん―旅のまにまに(主婦と生活社、1992年9月)
- チョッちゃん物語(金の星社、1993年6月)
などの多くの著書を刊行しました。
実は、チョッちゃんは、73歳の時に長年連れ添った夫・守綱さんを亡くしています。
エッセイストとしてデビューして間もなくの事です。
自分が生きてきた証を残す意味でも、寂しさを紛らわす意味でも、その気持ちを作家活動に乗せていたのかもしれません。
80歳ごろ:アメリカに移住

また、晩年のチョッちゃんは、なんとアメリカに移住していました!
具体的な経緯などは不明ですが・・・
「徹子の部屋」に俳優・三上博史さんが出演した際に、その事実が判明しています。
2019年1月30日の「徹子の部屋」では、
30年前に黒柳徹子さんの母の家(アメリカ)に居候させてもらっていた
と三上博史さんが暴露。
当時、チョッちゃんこと黒柳朝さんは、アメリカのカリフォルニア周辺に住んでいたそうです。
当時の三上博史さんは、「多忙すぎて逃げていた」と振り返り、
(朝さんには)よくしてもらった。楽しかった。一緒に散歩したりした
などと語っています。
黒柳徹子さんは当時、そのことを国際電話で知らされてビックリ。
母から「今、ヒロシって子がうちにいるの」と言われ、「え、あの三上博史!?」と衝撃を受けたというエピソードでした。
なぜ、芸能人が黒柳朝さんの家に辿り着いたのかは不明ですが・・・。
何か人脈的なものがあったのかもしれませんね。
晩年:アンティークの収集

また、晩年のチョッちゃんは「アンティーク」を趣味で収集していました。
音楽家の夫の海外公演に一緒についていき、その国々で目についたものを集め始めたのがきっかけだったんだとか!
そんなチョッちゃんのアンティークコレクション。
出身地の北海道滝川市に600点ほどが寄贈され、一部は一般公開されています。
以前は「市民会館」で展示されていましたが、閉館に伴って現在は「滝川市美術自然史館」の2階で見ることができます。
また、その他の貴重な品の数々は、期間限定で展示されることも!
晩年のチョッちゃんは、滝川市の「名誉市民」にも選出されています。
チョッちゃんが大切にしていた品々に触れ、その感性やセンスの良さを感じてみたいですね。
96歳:心不全のため旅立つ
チョッちゃんこと黒柳朝さんは、2006年8月16日、東京都内の病院で心不全により亡くなっています。
96歳という大往生でした。
亡くなる前、長女・黒柳徹子さんが聞き手となり、母と対談した記録が残っています。
それが、最後の著書「チョッちゃんは、もうじき100歳」(主婦と生活社)。
チョッちゃんが亡くなった翌月の2006年9月に刊行されました。
新刊は流通していませんが、中古本であれば手に取ることができます。
黒柳朝さんの関連書籍は、図書館に蔵書されていることも多いです。
チョッちゃんのその後の人生や人柄をもっと知りたい方は、ぜひお手に取ってみてください!
まとめ
今回は、朝ドラの再放送で再注目されている「チョッちゃん」こと黒柳朝さんのその後の人生についてご紹介しました。
47歳で5人目を出産し、70代で作家デビュー。
80代でアメリカに移住など、その軌跡を辿るだけでもバイタリティあふれる方だったことが想像できます。
娘・黒柳徹子さんも92歳ながらバリバリ活躍されていますし、天国から夫婦揃ってその姿を見守っておられるでしょうね。
チョッちゃんの要さんのその後については、こちらの記事をご覧ください。

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