小泉八雲と妻・セツをモデルにした朝ドラ「ばけばけ」。
第22週では、ヘブンに「フィリピン滞在記を書かないか?」という依頼が届きます。
ヘブンは、フィリピン行きを真剣に考え始めることに。
「トキはどうなるの・・・」「これって、モデルの小泉八雲の史実に基づいた流れなの?」と気になる点が多いのではないでしょうか。
そこで今回は、
- 「ばけばけ」のフィリピン行きはどうなる?
- 小泉八雲の「フィリピン滞在記」は史実?
- 「ばけばけ」でフィリピン行きが描かれた理由は?
- 小泉八雲とフィリピンの意外な関係とは?
について詳しく解説していきます!
※本記事は、朝ドラ「ばけばけ」の今後の展開を含んでおりますのでご注意ください。
【ばけばけ】フィリピン行きはどうなる?
結論から言うと、
- ヘブンはフィリピンに行かず日本に残る
- トキと生まれてくる子どもと共に生きる道を選ぶ
という展開になります。
安心しましたね!
今後、ヘブンが日本に残らなければ、「日本人への帰化(正式な結婚手続き)」という展開は生まれないことになってしまいます。
トキのモデルである「セツさんの妊娠」や「小泉八雲の誕生」などの史実を知っている方からすれば、おおかた予想がつく流れといえます。(放送期間も残り少ないため)
では、これからの「ばけばけ」の流れを簡単にみてみましょう!
作家としてのヘブンの葛藤
「ばけばけ」第22週で、ヘブンのもとにイライザから届いた手紙。
そこには、フィリピンで2年間滞在し「フィリピン滞在記」を執筆しないか?という提案が記されていました。
「渡航費・滞在費は全額支給」という好条件。
最近は題材に悩み、作家として生きる道を模索しているヘブンにとっては、とても魅力的な話でした。
未知の国。
一人なら、すぐにでもいきたい・・・
日本に根を張り始めた今、決断は簡単ではありません。
しかし、単身でフィリピンへ行く気持ちは、ほぼ固まりかけていました。
妊娠をきっかけに家族を優先
そんな中、トキはランから「ヘブンがフィリピン行きを迷っている」という話を聞かされてショックを受けます。
さらには、トキの妊娠が判明。
トキはヘブンの作家としての夢を応援したい。
そのため、「渡航を諦めさせたくない」と、ヘブンに妊娠のことを言い出せずにいました。
結果的にヘブンは、トキの妊娠をきっかけに、自分の夢よりも家族との生活を優先することを決意。
I want to be with you.
(あなたとずっと一緒にいたい)
夫婦でお互いの気持ちを確かめ合い、「日本に留まる」という展開へとつながります。

小泉八雲の「フィリピン滞在記」は史実?

結論から言うと、
小泉八雲への「フィリピン滞在記」の執筆依頼や渡航計画は史実にはない
ということが判明しています。
つまり、ドラマのオリジナルの展開ということですね!
史実における八雲の海外渡航
史実の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、来日後、フィリピンに滞在した(または迷っていた)という記録は、全く見つかっていません。
小泉八雲はギリシャ生まれで、アイルランド、アメリカ、カリブ海を経て日本へ移住し、松江、熊本、東京などで教職と執筆を行いました。

旅行などでフィリピンに行ったという記録も特にありません。
スランプや執筆依頼の真相
「ばけばけ」では、『日本滞在記』の成功をきっかけに「フィリピン滞在記」を打診されます。
しかし、実際には、出版社などから「日本以外の地域」を題材とした紀行文の新規依頼が来たという事実も確認できません。
小泉八雲は、日本滞在記を書き終えた後も、
- 『Out of the East(東の国から)』(1895年)
- 『Kokoro(心)』(1896年)
など、日本に関する随筆や怪談集を継続的に書き続けていました。
「熊本は創作意欲をかき立てるものがない」という嘆きがあったのは史実ですが、むしろ作家として脂が乗ってきた時代。
つまり、「題材がなくてスランプに陥っていた」という設定はオリジナルの展開ということです。
「ばけばけ」でフィリピン行きが描かれた理由はなぜ?

今回のフィリピン行きの話は、
「夢を追うか、家族を守るか」という選択を通じて、ヘブンが日本人になる流れをドラマチックに盛り上げるための演出
だと考えられます。
決意をドラマチックに描く
ご紹介したように、史実の小泉八雲は、熊本時代に題材が枯渇してスランプに陥っていたわけではなく、むしろ精力的に執筆を行う「多作期」でした。
しかし、「ばけばけ」では、視聴者が感情移入しやすいように、時系列や因果関係を大幅に再構成しています。
ばけばけでの展開
- 作家として悩むヘブン
- フィリピン行きという魅力的な誘惑
- トキの妊娠によって断念
このような流れにさせることで、家族への愛と日本定住への決意をより深く描いているといえます。
朝ドラ「ばけばけ」では、「二人の結婚」が前半の大きな山場でした。
そして、後半は「子供の誕生」と「日本人としての帰化(正式な結婚)」が大きな山場となります。
その山場を大きく盛り上げるためにも、苦しんだり迷ったり・・・
このような話の展開に持ってきたと考えるのが自然ですね!
【比較】史実とドラマの展開
改めて、「どこが史実?」「どこがドラマオリジナル?」なのか、わかりやすく表にまとめました。
| 項目 | 史実(小泉八雲) | ドラマ(ヘブン) |
| スランプ | 熊本への不満はあったが、精力的に執筆を行っていた多作期。 | 題材が枯渇し、創作スランプに陥っている。 |
| 妻の役割 | 【共通】 妻が新聞を読む、土地にまつわる伝説を聞くなどの「ネタ探し」をする役割だった | |
| フィリピン | 『日本滞在記』は好評だったが、他の地域での滞在記の依頼を受けた記録は見つからない。 | 『日本滞在記』の好評を受け、新たにフィリピン滞在記の執筆を打診される。 |
| 帰化 | 【共通】 子供が生まれたことによるもの | |
このように、史実をバランスよく交えながら、ドラマの脚本が構成されていることがわかります。
小泉八雲とフィリピンの意外な関係とは?

では、なぜ急に「フィリピン」という国が登場したのか?という点も気になります。
結論からお伝えすると、
小泉八雲は「アメリカに住むフィリピン人の記事を初めて書いた」
という、歴史に残る人物だったのです!
その史実から、今回「ばけばけ」で「フィリピン行き」が出てきた可能性を考察していきます。
ニューオーリンズでの偉業
ドラマでの「フィリピン渡航」はフィクションですが、八雲とフィリピンには「あるご縁」がありました。
日本に来る約7年前の1883年。
「Harper’s Weekly」の新聞記者だった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、ニューオーリンズ近郊の湖上にあった「サン・マロ(St.Malo)」というフィリピン人漁民の集落を取材しています。
彼らは、植民地期からメキシコ湾岸に渡ってきたフィリピン人で、湖上に家屋を建て、漁業を営んでいました。
そのような生活を小泉八雲は現地取材し、スケッチなどを交えてルポとして発表したのでした。

(出典:SAINT MALO
a lacustrine village in lousiana)
このルポは、フィリピン人漁民コミュニティの存在を記録した最初期の英語資料として高く評価されています。
フィリピンが出てきた理由
このような八雲の記者時代の史実が、「フィリピン滞在記」のオファーをドラマに登場させるヒントになったと考えられます。
「フィリピン人と接点があった」という史実からも、「本国に行ってみたい」と八雲が考えていた可能性も少なくありません。
また、19世紀末は、日本とフィリピンは、ともに西洋列強の影響下にありました。
同じ東南アジアであることからも、「日本の次はフィリピン」という流れも自然です。
本当に有り得そうな展開として上手く描かれていますね!
まとめ
今回は、朝ドラ「ばけばけ」の「フィリピン行き」の真相と、モデルである小泉八雲の史実について解説しました。
記事のポイントをまとめます。
- ヘブンはフィリピンへは行かず、日本に残って家族を優先
- 「フィリピン滞在記」の打診は、史実にはないドラマオリジナルの展開
- 史実の八雲は、1883年にアメリカのフィリピン人漁村のルポを書き、これがアメリカにおけるフィリピン人移民を扱った最初期の英語記事とされている
今回の「フィリピン行き」については、史実とドラマオリジナルの展開が絶妙にミックスされていて、物語の奥深さを感じます。
ヘブンとトキが今後、どのように家族の絆を深め、あの名作「怪談」を生み出していくのか・・・
今後の放送を楽しみしていきましょう!




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