小泉八雲とセツをモデルにした朝ドラ「ばけばけ」。
トキとヘブンは結婚し、松野家との生活が始まりましたが・・・
次に気になるのは「子供はいつ生まれるの?」ということではないでしょうか。
そろそろ赤ちゃんが見たいですよね!
そこで今回は、
- 【ばけばけ】トキの妊娠と子供はいつ産まれる?
- 小泉八雲の子供は何人いた?史実とその後!
について詳しく解説していきます!
※この記事は、朝ドラ「ばけばけ」の今後の展開を含んでおりますのでご注意ください。
【ばけばけ】トキの妊娠と子供はいつ産まれる?
現時点(2月10日)で公開されているあらすじでは、
- 第21週:トキが妊娠
- 第22週:トキが出産(息子)
ということが判明しています!
史実通りに熊本での出産
「ばけばけ」では第20週(2/16〜)から舞台が松江から「熊本」へ移ります。
史実では、熊本に転居した約1年後にセツさんが第一子(男児)を出産しています。
小泉八雲が43歳、セツさんが25歳の時でした。
そのため、ドラマも同じタイミングになっていると言えます。
子供の名前は「勘太」
トキとヘブンの子供も、史実と同じく「男の子」が生まれます。
長男の名前は「勘太(かんた)」。
名前の由来は、
- 曽祖父「勘右衛門」の「勘」
- 父「レフカダ」の「太(タ)」
から名付けられています。
ヘブンは、初めての子供の誕生を心から喜び、溺愛する様子が描かれる予定です。
これは楽しみですね!
同時に、息子が生まれたことをきっかけに、ヘブンは日本国籍取得へと動き出すことになります。
小泉八雲の子供は何人いた?史実とその後!
小泉八雲とセツさんの間には、
4人の子供(3男・1女)
が誕生しています。

| 続柄 | 名前 | 出生地 | その後の人生 |
| 長男 | 一雄(かずお) | 熊本 | ジャーナリスト・随筆家となり、父の記録を残す |
| 次男 | 巌(いわお) | 東京 | 英語教師・翻訳家として活躍 |
| 三男 | 清(きよし) | 東京 | 画家・音楽家(バイオリン)の道へ |
| 長女 | 寿々子(すずこ) | 東京 | 幼少期の後遺症で障害を持つ |
この表と画像のように、「作家」「教師」「画家」など、子供たちは多彩な進路へ・・・。
それぞれの子供について、詳しく見ていきましょう。
長男:一雄(勘太のモデル?)

長男の一雄さんは、1893年、熊本の西坪井堀端町(にしつぼいほりばたちょう)で誕生しました。
ドラマの「勘太」のモデルとなった、八雲にとって待望の第一子です。
父の名を受け継ぐ
一雄は、「レオポルド・カジオ・ハーン」という英語名を持っていました。
「カジオ」は父のミドルネーム「ラフカディオ」に由来。
本人は戸籍名の「一雄」だけでなく、ペンネームとして「梶雄」や「レオポルド」を生涯愛用したそうです。
作家の道へ
10歳で父が亡くなるまで、一雄は学校へ通わず、自宅で父からマンツーマンの教育(ホームスクーリング)を受けて育ちました。
成長後は、ホテルマンや教職など様々な職業を経験。
最後に選んだのは父と同じ「もの書き(作家)」の道でした。
一雄は『父 小泉八雲』などを執筆し、父の素顔を後世に残すことで、長男として小泉家を支え続けました。
孫は小泉凡さん
この一雄さんの孫(八雲のひ孫)にあたるのが、現在、民俗学者として活躍されている小泉凡(ぼん)さんです。
凡さんは現在、島根県松江市にある小泉八雲記念館の館長を務め、各地で講演などもされています。
曾祖父・八雲が愛した「怪談」やその精神を現代に伝え続けています。
次男:巌

次男の巌さんは、1897年、東京の市谷富久町(いちがやとみひさちょう)で誕生。
4歳の時に母・セツの実家(養家)である「稲垣家」の跡取りとして養子に入ったため、稲垣姓を名乗っています。
父譲りの性格でイケメン
巌さんは、母のセツが「子供たちの中で一番父親似」と語るほど、目がぱっちりとした顔立ちをしていました。
性格も、控えめだった長男・一雄とは対照的で、何事にも積極的。
英語の発音を物怖じせずこなし、兄弟の中で最も成績優秀、さらにはスポーツ万能で背も高く、女性にとても人気があった(モテた)そうです。
教師の道へ
京都大学英文科を卒業後は、父と同じ教育者の道へ進み、京都の桃山学院中学校で英語教師となりました。
ユーモアたっぷりの熱心な授業は、生徒たちから大人気だったといいます。
また、翻訳家としても才能を発揮し、『小泉八雲全集』の翻訳や、父の遺稿整理という重要な役割も果たしました。
残念ながら、40歳という若さで病のためこの世を去っています。
三男:清

三男の清さんは、1899年、東京の市谷富久町(いちがやとみひさちょう)で誕生しました。
絵と音楽の才に恵まれる
清さんは、父・八雲の画力や画家だった大叔父(リチャード)の芸術的な才能を受け継いだ子供でした。
早稲田中学時代には、歌人としても有名な会津八一(あいづやいち)に絵の才能を見出されています。
23歳で結婚した後は、食べていくために映画館の楽師としてバイオリンを弾く生活を送っています。
画家の道へ
46歳頃に美術展で受賞したことをきっかけに、本格的に画家として再出発。
チューブから直接絵の具を絞り出すような力強い画風(フォーヴィズム)を追求しました。
しかし、最愛の妻に先立たれ、その直後に61歳で自ら命を絶つという悲劇的な最期を遂げています。
彼の遺書には「自分の意思ではどうにもならない。血が複雑すぎたのだろう」と、ハーフであることの苦悩が残されていました。
アーティストとして、繊細な内面を持つ人物であったことが伺えます。
長女:寿々子

長女の寿々子さんは、1903年、八雲が亡くなる前年に東京の大久保で誕生しました。
男の子3人のあとにようやく授かった待望の女の子ということで、大変可愛がられたそうです。
父の悲しい予感
八雲は53歳で生まれたこの愛娘を見て、喜びよりも「この子が大きくなる頃には、私はこの世にいないだろう」という悲しみを感じていたそうです。
「なんぼ私の胸痛い(どれほど私の胸が痛むことか)」と、彼女の将来を案じて涙ぐんだという切ないエピソードが残っています。
その予感通り、寿々子が1歳の時に八雲は天国へ旅立ちました。
家族に守られた人生
寿々子さんは、幼い頃に「猩紅熱(しょうこうねつ)」にかかり、その高熱が原因で「脳膜炎」を併発。
精神的な発達に少し遅れが残った(障害があった)と言われています。
そのため、母・セツは亡くなるまで彼女を手元から離さず、愛情のすべてを注いで育てました。
セツさん亡き後は、長男の一雄がその役目を引き継いでいます。
一雄の息子である時(とき)さんにとっては、精神年齢が近い「良き遊び相手」だったそうです。
寿々子さんは、生涯独身のまま、41歳で静かにその生涯を閉じました。
まとめ
今回は、朝ドラ「ばけばけ」のトキの妊娠・出産と、史実の小泉八雲の4人の子供たちについて解説しました。
記事のポイント
- ドラマの展開:
第22週に長男「勘太」が誕生予定で、モデルは史実の長男・一雄さん。 - 史実の子供たち:
夫婦から多くの愛情を注がれて育ち、文学、教育、芸術などへの道へ進んだ。
史実を知ると、ドラマの中で生まれてくる「勘太」や、これから描かれる家族の物語がより一層愛おしく感じられますね。
特に、八雲は当時としては珍しいほどの「教育パパ」であり「愛妻家」だったことにも注目です。
熊本への引っ越し、そして新しい命の誕生。
親となったトキとヘブンの成長と、子育て奮闘記を楽しみに見守りましょう!
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